前編で紹介した通り、圧倒的な強さを見せるレスラー・成國大志は、①引く力を鍛える日、②押す力を鍛える日、③足腰を鍛える日に完全に分け、休養日を挟んでローテーションでトレーニングしている。主なメニューは以下の通り。
- 引く力を鍛える日:デッドリフト、ベントオーバー、ローイング、懸垂
- 押す力を鍛える日:ベンチプレス、ダンベル、ダンベルフライ、ディップス
- 足腰を鍛える日:バーベルスクワット、スクワットジャンプ、ジャンプ、サーキット、バイク
特筆すべきは、トレーニングの種目数、それぞれの回数、全体の時間を決めないことだ。
「毎日5種目ぐらい、それぞれ15~20セットを目安にしていますが、細かくは決めていません。数や時間を決めると、それをこなす練習になってしまいますから。ストーリーを考えながら。体が覚えてしまうと筋肉がつかないので、順番を入れ替えたりも。すべての種目を“限界”までやる。最後はトレーニング器具を片付けるのもつらくて、ブン投げたくなりますよ。
大事なのは、常に自分の体と相談すること。いまはココを鍛えることが必要だと感じたら、そのためのトレーニングを徹底的にやる。走ることが必要だと体が言えば、走り込みもします。睡眠は基本8時間ですが、必要ならもっと寝るし、食事もそう。湯船につかる時間も、体のケアも。体が本当に音をあげれば、オヤジのところへ行って治療してもらいます」
大学卒業後、成國は母・晶子が創立、代表を務めるMTX GOLDKIDSで、母や妹・琴音とともに小学生から高校生まで体操教室やレスリング教室で指導しており、自身のトレーニングは全員が帰ったあとの8時30分から11時頃まで。
「おかげさまで必要な器具はすべて揃っていますが、夜一人でトレーニングしていると淋しくなることもあります。でも、勝つためには必要なこと。ストイックにやっていかないと。もしかしたら、一人でも追い込める才能だけはあるのかもしれません」
マットでの技術練習は2週間に1回程度。プラス大会前の2日間のみ。大会がなければ、1ヶ月レスリングをしないこともある。周りからは「フィジカルトレーニングばかりしてないで、もっと“レスリング”をしろ」という声も聞かれるが、成國はガンとして自分の練習スタイルを変えない。
「子どもたちにレスリングを指導したり、彼らがやっているのを観ると勉強になります。発見の連続です。それを彼らとの練習で確認することも。大会前の2日間、技術練習をするのはフィジカルトレーニングを休むため。試合前日まで目一杯トレーニングしていると体がパンパンになって、レスリングができないですから。人と違う方法で強くなる。前は不安や焦りもありましたが、いまはやり抜いてやるという気持ちです。自分自身を“実験台”にして、全く新しいことを」
世界チャンピオンとなったからには、次なる目標はオリンピック金メダル・・・・・・誰もがそう思っただろう。だが、成國大志は違った。
「次はグレコローマンスタイルで世界チャンピオンを目指します」
世界選手権フリースタイルで優勝した直後、そう宣言した。
「世界チャンピオンになって、オフクロに並んだと言われましたけど、自分ではそう思っていません。まだまだ。あっちは2度優勝してますからね。ならば、世界で2度優勝するしかない。それも、どうせならフリーとグレコ両方制したい。そうすれば、追い越したことになるかな。オリンピックはその先の目標ということで」
かつて、両スタイルでオリンピック金メダリストとなった選手は海外に3人いるが、フリー、グレコそれぞれ技術が格段に進歩した現代では“二刀流”で成功した例はほぼない。日本では松本篤史が2010年代に両スタイルで世界選手権に出場。2018年にはフリー92キロ級で銅メダルを獲得しているものの、そうした例さえ今はない。
「だからこそ、挑戦したい。誰もやったことがないとか、前人未到っていいじゃないですか。“グレコに転向”と言われますが、学生時代は両方やっていましたから、自信があるわけじゃないですけど、この実験台がどこまでできるか、楽しみです」
12月、駒沢体育館で行われる天皇杯全日本選手権、グレコローマンスタイル67キロ級に注目だ!
取材・文/宮﨑俊哉
写真/森本雄大
成國大志(なりくに・たいし)
MTX GOLDKIDS所属。1997年11月13日、東京生まれ。いなべ総合学園高校、青山学院大学卒。全国少年少女レスリング選手権5度優勝。全国中学生選手権3連覇。インターハイ2013、2015年優勝。全日本学生選手権2016、2017(グレコローマンスタイル)、2019年優勝。2021年全日本選手権優勝。2022年アジア選手権優勝。2022年世界選手権優勝。