「投げる」動作をバイオメカニクス的に解明する




ダイナミックな「投げる」動作は人間の特権

前回は「走る」という動作を取り上げ、どうしやったら速く走ることができるかをバイオメカニクス的に分析しましたが、今回は「投げる」動作のスキルを解説します。

ボールなどをオーバーハンドで投げる動作ができるのは、実は人間だけです。ゴリラやチンパンジーなども物を投げる動作はしますが、上手投げで全身を使って投球するようなことはできません。
人間は進化の過程で4足歩行から2足歩行となったことで、肩甲骨の位置が背中に移動し、肩を立体的に動かせるようになりました。この肩の動きの自由度が高くなったため、上手投げができるようになったのです。

投げる動作は、野球のピッチャーを例にとると、上げた脚を前に踏み出し、投げる腕と反対側の肩が前に出ます。そこから前脚に重心を移動しながら、体幹がひねられ、そのパワーが上体、肩、肘、そして手へと伝わってボールを投げます。
体幹で生み出したパワーを使って、末端の腕を振るという点は第1回で紹介した多くのスポーツ動作に共通する部分です。投球で特に大事なのは腕の振り方。上体→肩→肘→手と末端へとパワーが伝わっていく際に、それぞれ加速度が増していくことによって、速い球、遠くへ届く球を投げられるのです。

© msanca-Fotolia

これはキネティックチェーン(運動連鎖)と呼ばれ、第1回で紹介した「ムチ動作」のことです。まず、上体が先に前に出て、それに少しずつ遅れて、肩、肘、手首がついて行きます。そして、あるポイントから肩が上体を追い越し、肘が肩を追い越し、手が肘を追い越していく。その際に、それぞれ加速度が増すため、最も高速となるムチの先、つまり手から放たれたボールにスピードが乗るのです。

腕を速く振るコツは、関節の力を抜くことです。肘や手首などの末端に力が入っていると、ムチのように振ることができなくなってしまいます。

もう1つのポイントは、末端部が体幹に近い部分を追い越していく際に、体幹に近い方を意識的に止めることです。そうすることによって、末端部がより急激に加速するのです。この動きがわかりやすく感じられるのが手首のスナップ動作。手首の力を抜いた状態で前腕を素早く振り、前腕を急に止めると手先が急に加速するのがわかると思います。この動きを、体幹と肩、肩と肘、肘と手首というように連鎖させることで、速いボールを投げることができるのです。

深代千之(ふかしろ せんし)
1955年、群馬県出身。東京大学大学院教育学研究科修了。教育学博士。東京大学大学院総合文化研究科教授。日本バイオメカニクス学会会長。(一社)日本体育学会会長。国際バイオメカニクス学会元理事。身体運動を力学・生理学などの観点から解析し、理解するスポーツバイオメカニクスの第一人者。『<知的>スポーツのすすめ』(東京大学出版会)、『骨・関節・筋肉の構造と動作のしくみ』(ナツメ社)、『運動会で1番になる方法』(ASCII)など多くの著作がある。