まさか公園で筋トレできるなんて!!
近所の公園にバーベルが転がっていたらどうなるか? 多くの人が運動習慣を身に付け、多くのアスリートが育つ土壌が形成されはしないか? だが、そんな公園、あるわけが……。あった。どこに? ブラジルに。
この写真は、FIFA W杯2014年ブラジル大会の開幕を直前に控えた、とある日曜日のサンパウロ市内の、とある公園の様子である。決して、合成のトリック写真などではない。
現地での仕事のため出国し、約1週間が経過していた。個人的には、1カ月以上の海外出張でも和食が恋しくなることがないのだが、「そろそろトレーニングしたい!」、「重力に逆らいたい!」と、筋肉が痛みに飢えていた。
だが、決して探し求めてこの場所に辿り着いたわけではない。市内の散策に出かけ、
こんな木や
こんな木が生い茂る公園の中を歩き、
こんな水辺がある場所を抜けた先に、突如「青空道場」が出現したのである。
呆気に取られ、異空間に迷い込んだかのような感覚に陥ったことを記憶している。
手製のコンクリートのバーベルと言えば、日本のストレングストレーニングの先駆者、若木竹丸である。昭和初期、若木は著書『怪力法並に肉体改造体力増進法』(1938年、第一書院)において、自ら描いた図入りでバーベル作成法を指南している(若木竹丸についてはこちらを参照のこと)。恐らく、若木が「鉄琴荘」ないし「新竹荘」と呼んだ自宅には、数々の若木手製のバーベルが鎮座していたことだろう。
更に若木は、「腕相撲必勝法練習器(ママ)」なる手製のマシンまで製作していた。このサンパウロの公園、よく見ると、
若木の腕相撲必勝法練習器を彷彿とさせる、手製のラットプルダウン・マシンまであるではないか! ケーブルではなくロープ、否、「紐」でコンクリートの塊を引くマシンである。昔話の世界でしか知らないが、桶汲み方式の井戸のようにも見えてくる。
何だ、一体、この場所は? 21世紀の現代、日本から見て地球の反対側のブラジルに、時空間を超えて、若木の家が出現したかのようではないか!
手前の木の向こうに見えるこの物体も気になる。サッカーのゴールにしては、バーの位置が高すぎる。登り棒? それなら、何故バーが渡してあるのか? 登って、渡って、そして降りるのか? ぶら下がって横移動するには危険な高さだが……。
呆気にとられたのは束の間のこと。動揺は興奮に変わり、気付けばバーベルを手にしていた。
このバーベル、80kg程と感じた記憶がある。個人差はあるが、初心者の一般男性の場合、ベンチプレスで壁となるのは、50kg、自体重、100kgという順番のように思われる。恐らくは監視員不在のこの公園、初心者が足を踏み入れ、一切重量記載のない80kgのバーベルをうっかり手にしてしまったら、セーフティーバーもないため危険である。だが、何かの際には、
常連とおぼしきこの人たちが、一見さんを助けてくれるに違いない。そう信じよう。
ブラジル各地を訪れたが、こんな武骨な公園、他の都市では見ていない。たが、それは、約6週間という、わずかな滞在期間中の体験に過ぎない。ブラジルのどこかに、似た様な施設が存在するのかもしれない。
こうした、工場で製作したことが明白な公園設備なら、何度か見かけた。写真は南部の港町ポルトアレグレ。なんだか健康的な雰囲気である。似た器具なら、日本でも目にしたことがある(例えば東京都港区)。だが、手製のコンクリートのバーベルが転がる公園は、恐らく日本には存在しない。製造物責任法がどうしたとか、管理責任がこうしたとか、誰かが何かに問われてしまうことだろう。
サンパウロの公園に設置された遊具のような設備が、いつ頃から存在するのかは、わからない。だが、こうした公園の存在には、市民の健康志向、行政の医療政策といった背景が垣間見える。ブラジルにおけるトレーニング需要は、かなり高いと見て良さそうだ。
そして、バーベル公園である。サッカーの国というイメージが強いが、ブラジルは柔術大国であり、多くの総合格闘家を輩出してきた国でもある。バレーボールやバスケットボールにおいても、好成績を収めている。コンクリートバーベル公園が誕生した背景には、無料でバーベルを握りたいという、競技志向の人たちの需要があったのだろう。情熱の国の人たちの、競技力向上への熱意の賜物である。
サンパウロのバーベル公園は、スポーツ大国ブラジルの象徴なのだ! 根拠薄弱であることは承知の上だが、そんな風に思えてならないのである。
取材・文/木村卓二