トレーニングを効果的に行うため、科学的に立証された手法を取り入れることが当たり前になった今日。各分野で様々な研究が進められており、健康については運動に期待するところが大きくなっている。特に高齢者の健康問題はわが国の重要な課題。これまでも高齢者の認知機能の維持にはウォーキングや筋力トレーニングなどの運動が有効であるとされてきたが、その運動効果を裏付ける研究成果が発表されたので紹介しておきたい。
2017年12月、日本老年医学会の公式英文誌・GGI(Geriatric Gerontology International:国際老年病老年医学誌)に「地域高齢者における血清脳由来神経栄養因子(BDNF)値と健康診断の数値との関係」と題された論文が発表された。発表者は昭和大学・蜂須貢教授をはじめとする研究グループ。この研究では65歳~84歳の東京都在住の898人の方の健康診断を行い様々な値と血清中のBDNF値の関係を検討した。その結果「大腿四頭筋の厚さと血清中BDNF値が相関する」ということが明らかとなった。
BDNF(Brain-derived neurotrophic factor:脳由来神経栄養因子)とは、脳で産生されることが認められたタンパク質。神経幹細胞を神経細胞に分化させ、成熟させる機能を持っている。この現象は神経新生といわれ、脳内では海馬で特に認められる。海馬は、記憶や学習などにおいて極めて重要な器官で、海馬の能力低下は認知症発症にもダイレクトに関わるとされている。またBDNFは神経のアポトーシス(細胞が自殺すること)を抑制する作用も持つ。アミロイドβという蛋白が神経の周辺で沈着し神経をアポトーシスさせることにより認知症は進行するとされるが、脳内でBDNFが多いとアポトーシスが抑制されると考えられる。
研究では大腿四頭筋が大きい人は血中BDNFが多いとの結果が得られており、BDNFが多いということは認知症の予防にも繋がる可能性が示されている。ここで重要なことは「BDNFは神経だけでなく筋肉の細胞でも産生される」ということ。BDNFは運動で増やすことができるので、つまり「筋力トレーニングによってBDNFを増やすことで認知症を予防できる可能性が高い」のである。このことから蜂須先生は『スクワットで認知症予防を!』と積極的な筋力トレーニングをすすめている。
蜂須先生によると、今回の高齢者の集団に対してBDNFと認知機能の関係について追跡調査を行っており、その結果をまとめた研究も発表準備中とのこと。あわせて抗うつ薬の作用によるBDNF値の変化についてなど、今後も研究発表を予定している。高齢者の認知機能の維持に運動が好影響を与えるという科学的な証明は、高齢者のみならず、全ての人にとって運動との関わりが重要になっていく根拠となる。蜂須先生からの続報に期待したい。
蜂須 貢(はちす・みつぐ)
医学博士・薬剤師・昭和大学薬学部客員教授。昭和大学の大学院を修了し明治製菓に入社。並行して昭和大学医学部にも研究生として籍を置き最短6年間で医学博士を取得。博士号の授与と同時に米・コネチカット大学へ留学。帰国後は再び明治製菓と昭和大学で研究に従事。抗うつ薬とBDNFの関係などに関わる研究をしてきた。現在もマスターズの世界記録を多数保持する現役のパワーリフター兼ボディビルダー。
ライター・立華徳之真(たちばな・のりのしん)
パフォーマー兼パフォーマー専門の美容家・治療家・スポーツ指導者。陸上競技・体操・バスケットボール・フィットネス・トレーニング・ジュニアスポーツ・体育施設運営管理・サプリメント・スポーツボランティアなどの専門資格を所持。また柔道整復師・美容師・登録販売者・診療情報管理士として美容・健康・医学領域および出版・映像・イベント・教育・ITなどの実務をこなす。ほか殺陣やアクション、神経系コーディネーションや能力開発などの分野で活動しているハイブリッド。
AVEX Entertainment http://athleteclub.net/norinoshin_tachibana