闘いに向けて!トレーニングを敢行③ 【水道橋博士の体言壮語】

この夏、トレーニング漬けの毎日だった博士。多忙な中で、トレーニングを続けられたのはなぜなのか。練習を支えた博士の“目的設定”に迫る!    第1回はこちら 第2回はこちら

やり続ける力、のモチベーションは?

『HATASHIAI』での闘いを終えた水道橋博士。会場やネットでの中継を見た人からは、学んだことも多かったという声がSNSでも寄せられた。

博士の、闘いに臨むまでのプロセスも、仕事をしながらトレーニングに打ち込んでいる人にとって参考になるだろう。

これまでもマラソン、自転車ロードレース、陸上短距離走と、多忙な中で時間管理をして参加してきた博士。テレビ番組の企画という、「言い訳できない」状況でのチャレンジとはいえ、若さに任せて体を張ったムチャな仕事が得意だった頃と違い、年齢とともにケアする必要が出てくる。他の仕事とのかねあいもある。だから、簡単なチャレンジとは言えない。

それでも、大会、試合に参加するために最大限の努力をして、しっかりと仕上げてくる。それができるのは、「モチベーションをいくつも重ねて、目標に向かって進むというのが好き」という博士の言葉に秘訣がありそうだ。

たとえば、東京マラソンに挑戦したときも「完走したい」「5時間を切るタイムで走りたい」という目標だけを設定したわけではない。「浅草キッドが肉体改造して“山本キッド”になって走り切る」という目的があった。

そこには「加圧トレーニングで速筋だけでなく、マラソンなど持久力に向く遅筋も鍛えられる」という仮説を証明したい、という思いがあり、それは文章としてまとめられることを前提としていた(『筋肉バカの壁』参照)。

ただ走ることの先に見える目的が行動を持続する大きなモチベーションとなる。

一例として、プロフェッショナル・ランニングコーチとして数多くの市民ランナーを指導している青山剛氏の発言を紹介しよう。

「『フルマラソンを完走したい』『トライアスロンに挑戦したい』というのは『目標』であって『目的』ではありません。ランニングを続けることよって自分がどうなりたいか、何を得たいのか、というのが『目的』です。そのうえで短期、長期の目標を書いてもらって、それに応じた指導をします。そうした前提を考えないで、とにかくガンガン走ってランニングにのめり込んでしまう人は、ケガや忙しさを理由にすぐにやめてしまう確率が高いですね」(『仕事ができる人の「走り方」』(日本実業出版社)に関するインタビュー

博士は東京マラソンに至る道程で、練習しているときとケガや仕事で練習できないときとにかかわらず、否応なしに自分の体と心に向き合うことになった。もちろん、これは博士に限らずすべてのランナーに言えることだ。途中から気がつくことではあるが、自分を知ることも大きな目的のひとつだろう。

博士が『HATASHIAI』で闘ったことにも同様の構造がある。ただ勝ちたいというのではなく、それよりも試合に注目が集まることで、自分が訴えたいテーマに関心を持ってほしいとう狙いがあった。

さらに、これからの人生においてもっと上を目指すためのベースキャンプ作りをするような気持ちでトレーニングしていたという

ここで体力をつければ、60代70代になっても老け込まずにやれるかもしれない。55歳でやれたんだったら、きっとこの先もやれると思えるじゃない。このトレーニングを始めるまでにやっていた、水中ウォーキングだけだったら、そうは思えなかった」

長年腰痛を抱えていて、どう向き合うかをテーマに本をまとめようとしているほどだが、『HATASHIAI』に向けた鍛錬を続けるうちに、腰痛の状態にも変化が表れた。

「治ったわけじゃないけど、筋肉の鎧をつけている、コルセット巻いているような状態になっているので、動けないとか、そこまでひどいことにはならない」

闘うためにリングに上がる、というイメージが良い形でメンタルにも作用したのかもしれない。もちろん、無理をしすぎれば動けなくなってしまうために、石井トレーナーは細心の注意を払って指導をしていた。

ケガをしてトレーニングが出来ない期間が続けば、焦りが生まれる。焦りはさらなるケガを招きやすく、一般のスポーツ愛好者に無理は禁物だ。

「ケガといえば、知人のライターが空手の試合に参加して、その一度だけでケガをした。怖かった、と言っていたね。やはり格闘技を軽々しくやってはいけないということがわかったし、ケガをするといろいろと社会的な関係性で迷惑をかけるということが初めてわかった、とそういうことを含めての怖さだろうね」

「自分がやってみて、格闘家がどれほどの怖さと覚悟を持ってリングに上がっているかが分かった。那須川天心選手が出た『RISE』の大会を見ても、これまでとは違う感覚だったね。第一試合から、『この人たちと闘ったら瞬時で殺される!』と、リアルに感じる。だから、以前にも増してリングに上がる選手たちをリスペクトしている」

博士は、これまでも大会や試合やそこに向けたトレーンングからさまざまな発見をして、多彩な活動の養分としてきた。この夏のトレーニングでもそれは同様で、いつ、どのような形になるかはわからないがきっと結実することだろう。

≪博士の体言止め≫

人生初のリングの上での真剣勝負の試合は完敗に終わった。何も言い訳は出来ない。試合前に舌戦を続けてきた対戦相手と初めてリングで出会った。試合終了後もノーサイドにはならないと事前に宣言していたが、試合後、ボクを叩き潰した相手に自然と敬意は湧き上がった。それは55年の人生で経験したことがない風景だった。

文・動画・撮影/押切伸一

水道橋博士(すいどうばしはかせ)
1986年にビートたけしに弟子入り、翌年、玉袋筋太郎と「浅草キッド」を結成。芸人としてはもちろん、文筆家としても数多くの著作を発表している。『藝人春秋2』(文藝春秋)『博士の異常な健康―文庫増毛版』 (幻冬舎文庫)など。日本最大級のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』の編集長、またユーチューバーとしても絶賛活動中。