遺伝子研究でスポーツ界が変わる?【石井直方のVIVA筋肉! 第26回】




“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。前回に引き続き人種による筋肉の違い、さらに遺伝子研究の進化についてお話しします。

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遺伝子配列のデータをもとに、
AIがトレーニングを提案する時代が到来!?

前回、黒人スプリンターの筋線維を調べた研究を紹介しました。

ただ、その結果はあくまでも1人のトップアスリートを調べたものなので、必ずしもスプリント競技における黒人の優位を示したものであると断言することはできません。

今後、研究が進められていくと、「日本人にない遺伝子の違いを黒人選手は持っている」といった事実が出てくるかもしれませんが、日本人が100mで9秒台を記録する時代になってきているので、そこまで劇的な差があるとは思えません。

とはいえ、かつてボディビルの世界選手権に挑戦した経験から言うと、筋肉の量や特性といった観点では、最終的には黒人にかなわないような気がしています。

具体的に何が違うとは言えないのですが、何かが違うのです(笑)。実際に彼らの体を間近で見ると、ちょっと同じ人間とは思えませんでした。私の現役時代は30年ほど前ですが、現在も状況はそう大きくは変わらないと感じます。

白人や日本人ビルダーもマッシブな体をつくるという点では黒人に負けていないと思いますが、トータルの完成度、しなやかさ、シャープさはやはり黒人のほうが平均的にまさっていると感じます。それは単純に肌の色の問題ではなく、骨格や筋肉のつき方が関連しているように思ってしまうのは私だけではないでしょう。

あくまで平均的に見た感想なので、個々の戦いにおいて白人や日本人に勝ち目がないと言っているわけではありません。実際のコンテストを見ても、トレーニングのやり方や脂肪の落とし方など様々な工夫や努力を積み重ねることで、彼らに勝利することは可能だと思います。

これまでの研究は、スポーツに関連しそうな遺伝子を狙い撃ちで調べるのが一般的でした。しかし、それでは前回の研究データのように微妙な違いが数えきれないほど出てきてキリがありません。

遺伝子研究が進んだ最近では、人の「設計図」と言える遺伝子の全貌をデータ化できるようになってきています。ですから今後は特定の遺伝子を調べるというよりは、すべての遺伝子を一気に比較するような流れになっていくでしょう。

前回も書いたように、筋肉を収縮させる「アクチン」「ミオシン」というタンパク質の中に含まれる、アミノ酸1~2個が個人や人種によって微妙に違う可能性もあります。それが最終的なスポーツのパフォーマンスにどのように関連しているかについては、今後の研究課題となるでしょう。

ヒトの遺伝子は約2万種類、それを構成する塩基の総数で30億個ほどありますが、最近は10万円ほどの費用を払えばその配列をすべて調べてくれる機関もあります。民間に普及するのはまだ先だと思いますが、学術界はそのような時代に突入しています。

そうしてさらに研究が進んでくると、個人の全遺伝子配列のデータをもとに人工知能(AI)に最適のトレーニングプログラムを提示させることも可能になるかもしれません。スポーツ界や筋トレ業界にも様々な影響が出てくるかもしれませんね。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP