挫折した人間だからこそ伝えられるものがある
勇気や元気を与えられる選手になりたい
食事、トレーニングを見直して柔道家としてさらなる飛躍を目指すなか、転機は突然やってきた。チームからコーチへの転身を打診されたのだ。それは現役引退を意味していた。年齢は30歳に近づいていたとはいえ、渡辺選手自身はまだまだ成長できるという思いがあった。生活の安定を考えればコーチに転身して企業に残ったほうがいい。しかし、まだ競技者として燃え尽きていない。そして彼女は新たな道へ踏み出す決断をした。
――柔道に一生懸命取り組んできたなかで会社からはコーチへの転身のお話があって、会社を辞めて格闘家としての道を歩むことになったのですよね?
渡辺:はい。総合格闘技にも魅力を感じていたのですが、自分の可能性にまだ挑戦したいという気持ちがすごく強くて、こんなところで終われないと思っていたんです。
――選手として完全燃焼しきれていなかった。
渡辺:完全燃焼しきれていなかったですね。自分はまだこんなものじゃないだろうって思っていました。
――生活を考えたら企業にいたほうがいいと思いますが、それでも競技を続けていきたいと思ったわけですね。
渡辺:後悔するのが嫌だったんです。後から「あのとき格闘技を続けていたらもっと楽しかったかな」とか思うのがメチャクチャ嫌で。
――ご自身としてはまだまだできると思っているけど、会社の事情でコーチ転身を打診されたわけですからね。
渡辺:やっと食事やトレーニングをしっかりやり始めたところだったので、「これからなのに」って思っていました。会社としては当然の判断だと思いますけど、自分としてはこのまま終わりたくないと思っていました。
――柔道から総合格闘技に転身してすぐにデビューしましたが、実際にやってみた総合格闘技はどんな印象でしたか?
渡辺:最初は難しかったです。頭をすごく使うなと思いました。柔道は感覚でやっていたので、総合格闘技はいろいろ覚えることがあるなって思いました。関節技もたくさんあるし、その対処も全部覚えないといけないし。覚えることが多くて頭がパンクしそうだって思いました(笑)。
――フィジカル的な部分はどうですか? 道着があるのとないのとではだいぶ違ったのではないでしょうか?
渡辺:フィジカル面はそこまで不安はなかったです。試合をしていても問題を感じたことはありません。柔道より試合時間は長いですけど、組み合っている時間が短いので、体力的には余裕がありました。柔道はずっと組み合っているので体力的にきついです。総合格闘技は距離が空く時間があるので。総合は難しい競技だと思うので、逆に考える時間もあるんだと思います。柔道は無酸素運動に近いくらいでガーっと一気に力を出すので別物ですよね。
――現在はどのような練習スケジュールなのでしょうか?
渡辺:午前中はだいたい寝ています(笑)。お昼ぐらいからトレーニングをしたり、練習をしたり。順番は前後することもありますが、フィジカルトレーニングと総合格闘技の練習は必ず両方やります。日によっては午前、午後、両方とも格闘技の練習をすることもあります。柔術と格闘技とか、打撃の練習と総合の練習とか、2部練習のときもあります。でもだいたいはトレーニングと格闘技の練習ですね。
――食事面は今も継続して気をつけているのですか?
渡辺:今も気をつけていますね。たんぱく質は毎日120グラムぐらいは摂るようにしていますね。BCAAとかも常に摂るようにしています。ジャンクフードとかラーメンとかは避けるようにしています。パスタ、ラーメン、うどん、白米も食べないです。
――炭水化物の摂取に気をつかっているのですね。
渡辺:炭水化物を摂らないわけではないんです。雑穀(米はなし)やフルーツから摂るようにしています。うどんとかパスタとかは試合前のリカバリーのときだけですね。
――減量後に回復するときだけはうどんやパスタなどの炭水化物も摂るのですね。
渡辺:そうです。ラーメンやパスタは栄養があまりないので、炭水化物を摂るにしてももっと栄養価の高いものを摂りたいのでフルーツや雑穀にしていますね。本当はアボカドがいいんですけど、アボカドってそんなに食べるものではないですからね。
――試合前は減量もしているのですか?
渡辺:契約体重にもよりますが、だいたい4~5㎏ぐらい落としてます。
――体重を絞ると体もキレると思います。渡辺選手と言えば美しい腹筋。学生時代は少しぽっちゃりしていたということですが、いつぐらいから変化が見えてきたのでしょうか?
渡辺:食事を気にするようになってからですね。いくらトレーニングをしても食事で不摂生なことをしていたら体はつくれないと思います。腹筋の特別なトレーニングは全然していません。
――では何をして腹筋を鍛えているのですか?
渡辺:スクワットとか筋トレもそうですし、いろいろなトレーニングとか動きのなかで鍛えられているという感じだと思います。特別に腹筋だけのメニューというのはやっていないです。ロープとか懸垂でも鍛えられますし、最近はあまりやっていないですけど、手押し車とかもでも腹筋は鍛えられます。ダッシュなどの走り系でも腹筋は使いますから。
――なるほど。そういういろいろなトレーニングで鍛え上げられた腹筋なのですね。
渡辺:普通の腹筋だけだと格闘技に結びつく動きではないので、格闘技の動きに結びつくトレーニングの中で鍛えていくほうがいいですよね。実際に使える筋力じゃないと意味がないですから。
――わかりました。それでは最後に今後の目標を教えてください。
渡辺:競技者としてはもっと強くなりたいので、チャンピオンになって世界で通じるような選手になりたいです。強くなることはもちろんなんですけど、理想としている選手像は見ている人を勇気づけるというか、人に元気を与えられる選手。自分の試合を見て影響を与えられるような選手になりたいなと思っています。それが一番の目標ですね。自分は挫折している人間なので、だからこそ試合を通じて伝えられるものもあると思います。うまくいかないことがあってダメだって思っている人にも、自分の試合で頑張ればもう1回活躍できるぞというところを見せていきたいです。
取材・佐久間一彦/撮影・菊田義久
1988年8月21日、東京都出身。7歳から柔道を始め、高校ではインターハイ2位、アジアジュニア優勝などの実績を残し、東海大進学後、1年時に全日本ジュニア優勝を飾る。卒業後、JR東日本へ入社し、オリンピックを目指して競技を続けた。2017年に同社を退社し、格闘家に転身。同年12月3日にデビューを勝利で飾ると29日にはRAZIN初参戦で杉山しずかに勝利。18年の大晦日には杉山と再戦し、11秒でKO勝ち。FIGHTER’S FLOW所属。