ジムの会員の継続率90パーセント以上。運動をしてこなかった中高年たちに向けたパーソナルトレーニングジムとして知られる「心身健康倶楽部」。運動にコンプレックスのある大人たちが運動習慣をつけるには、さまざまなコツがあります。「1カ月1分(!)の筋トレでOK」という同倶楽部の代表、枝光聖人さんが、“大人のためのはじめての筋トレ”について解説。いよいよ実践編です!
スポーツと筋トレはまったくの別物
働いて子育てをして、気づいたら40、50、60代。光陰矢の如しで体はガタガタ。運動しないとマズイ…と危機感を抱いて、ジムに入ったけれど、トレーニングプログラムについていけずに、1カ月で挫折。運動効果もあまり感じられずに終了。このような中高年の運動ビギナーが失敗する理由を、枝光さんは分析する。
「一般的なジムでは、より大きな負荷をかけられる“BIG3”の筋肉トレーニングを行ないます(連載第2回参照)。しかし、体に大きな負荷がかかるようなトレーニングは、ストレスも大きい。運動ビギナーはついていけません。初回ぐらいは頑張りますが、1度でも雨でも降れば、“もういいや”と、ジムに通わなくなります。ビギナーの方に筋トレを継続していただく場合、『プロが行なうトレーニング内容を軽くしたもの』を初心者に提供するのではなく、『トレーニング内容そのもの』を変えていく必要があります」
また、ジョギングや水泳をして筋肉をつけようとする人も多いが、それも効果的ではないと、枝光さん。
「スポーツと筋トレはまったくの別物です。スポーツというのは、トレーニングで筋肉を作った後に楽しむものだ、と私は考えます。アスリートは、種目ごとに専門的なトレーニングを行ないます。競輪選手であれば、とにかく速く走れるようにプログラムを組むわけです。それを続けるとどうなるか。体のバランスが少しずつ狂ってきて、ケガにつながりやすくなります。つまり『スポーツをする=日常生活を健康に過ごせる体を作る』とはなりません。
ですから、アスリートが現役生活を伸ばしたいなら、現役生活の前半はパフォーマンスを上げるトレーニングだったとしても、後半は全身の筋肉バランスが良くなるトレーニングに移行していく必要があります。筋肉バランスの良い選手は、膝や腕といった特定の箇所にかかる負荷が少なく、劣化や故障を起こしにくいです。その代表的な例は、何といっても野球のイチロー選手でしょう。攻、走、守ができて、ケガも少なく、現役生活が長くて、日米通算で結果を出してきたことからもそれが伺えます。サッカーの三浦知良選手もバランスが良い選手ですね」
素人もアスリートも、最後は「筋肉バランスの良い体」が重要になってくる。そのためには、私たちは、自分の筋肉の状態がどんなバランスにあるかを知る必要があるようだ。
体の機能の差は、生活習慣から生まれる
「皆さんは、自分がどのくらい筋肉がついているか、把握していますか? 筋肉の量は、当然、個人差があります。年齢でも違う、男女でも違います。そして1人の人間の体を見ても違います。下半身の筋肉が強くても、上半身が弱い場合もあります。筋肉量に左右差があることもあります。ご自分ではなかなか気づかないと思いますが、トレーナーとともに、筋肉量を把握し、トレーニングを行なうことが大切です。筋肉をつけるには、個々の筋肉に適正な負荷をかける必要があるからです。トレーニングを始めるときは、それをまず知っておきましょう」
筋肉ムキムキの赤ちゃんは存在しないように、もともと人間が誕生したとき、筋肉量の差はほとんどない。筋肉量の違いが生まれる要因を10とするなら、遺伝要素が3で、後天的要素が7くらいだと枝光さんは言う。
「それは筋肉だけに限らず、知能においても同じ話ですよね。遺伝的に知能指数が非常に高い子供がいたとしても、ジャングルの中で狼に育てられたら、その機能は覚醒しません。『スキャモンの発達・発育成長曲線』という神経学の理論があります。人間の神経の80%は、5歳くらいまでに発達します。英才教育が大切と言われるのは、これが理由です。幼児期に運動をすることが重要なわけです。しかし、大人になって体を使わなければ、筋肉はどんどん退化していきます。
筋肉量、筋力の差が出てくる要因は、生活習慣です。20代後半くらいから、少しずつ筋肉の弱まりが出てきて、次第に『サルコペニア』が起こり始めます。サルコペニアとは、加齢や疾患などにより、筋肉が萎縮し、筋力が低下してくること。これは筋トレの習慣の有無だけでなく、人間全てに共通します」
40代になったら老化が始まる。
運動強度の低いトレーニングを
筋トレは始めるときは、これまでの運動習慣だけでなく、加齢の度合いも考慮する必要がある。18歳の頃、100メートル走で11秒台の記録を持っていて、そのままアスリートとして活躍していたとしても、ずっとそのタイムで走れることはまずあり得ない。
さて、運動習慣のない大人がトレーニングを始めるタイミングはいつなのだろう?
「40代くらいからでしょうか。多くの人が30代後半くらいから運動不足を感じ始めます。しかし、慢性的な疲れや息切れ、ちょっとしたつまずきといった日常生活に支障を来すことは、この年代ではまだ起こりません」
40代から疲れが顕著に出てくるようになり、運動が必要だと認識し始める。ここで運動習慣を生活に取り入れていれば良いが、50歳、60歳になっても、体を鍛えずに放置していくと、生活の中でちょっとした動きが辛くなったり、ケガをしやすくなったりする。体が重たくなって、階段を登ることをつい拒んでしまう。少し動くだけでゼエゼエと息切れをする。膝を痛める。そうなってはじめて「これは運動不足だから、何かしないといけない」という自覚が生まれていく。
「こういう状態になった中高年に、ハードなトレーニングは向きません。継続できるカンタンなワークが最適です。また、継続するには、トレーニングがラクなだけではなくて、同時に効果を感じられることが重要です。大切なのは、『数(練習量)』より『効率』です」
フィットネスの業界では、トレーニングの常識が存在する。ダンベルの重さは、限界の75%のものを選び、10回の動作を1セットとし、毎回3セット。これを週に2回のペースで行なうというもの。一見、継続できるペースの内容だと思わせる。しかし…。
「筋力の衰えた中高年にとって、ダンベルを10回上げるだけでもキツいものです。7回もやっていると、『もう限界かもしれない』と思い始めます。筋力も運動能力も落ちてきた中高年に、キツいトレーニングは不要です。100メートル走を11秒台で走る筋肉も必要ないし、元気に仕事ができる体があればいい。トレーニングの達成感は、『力こぶに力が入るようになった』などの小さなもので十分です」
キツい運動を行なった人には経験があるかもしれないが、負荷の強いトレーニングで筋肉が疲労すると、別の筋肉を使ってカバーしようとしてしまうことがある。たとえば、本来は胸の筋肉を鍛えなければならないのに疲労が残っていると、ターゲットではない肩や背中の筋肉を使って無理やりバーベルを上げようとしてしまうことはないだろうか? これでは本末転倒。ターゲットとする筋肉を鍛えるためにも、キツすぎるトレーニングや過剰な叱咤激励は、運動不足の中高年にはNGなのだ。
「そもそも、運動に対するモチベーションをトレーニングのビギナーは持ち合わせていません。アスリートは何時間でもジムにいられますが、一般の人は仕事も家庭生活もあります。トレーナーが中高年に運動指導をする場合、運動強度の低いものからトレーニングの良さを感じてもらうと、『ちょっとジムに行ってみようか』という気持ちに変わっていきます」
健康効果を急いで求めすぎない
「最近出した私の著書では、『1カ月で計1分』の筋トレを推奨しています(笑)。中高年の方は傷んだ筋肉の治りが遅いからです。筋肉痛が治っていない状態でトレーニングをすると、運動効率が落ちます。中高年に運動指導をするトレーナーの方は、ぜひこのようなことを心がけてみてください」
また、急いで結果を求めないことも大事なことだ。
「若者やアスリートが運動をする目標は、『どれほど筋肉量が増えたか』『パフォーマンスがどれくらいアップしたか』ですが、中高年の方の運動の目的は、『健康でいること』に尽きます。筋トレをすると疲れにくい、転びにくい、認知症になりにくいといった、さまざまな恩恵がありますが、それは数カ月やっていくうちに得られていくものです。
もちろん、トレーニングをしていけば、自ずと体は格好よく変わっていくでしょう。しかしそれは『結果』であって、『目的』ではありません。焦らずにゆっくりと、トレーニングを数カ月継続していくと、徐々に負荷を高められるようになます。そしてどこかの筋肉がある程度できてきたら、別の箇所もちょっとやってみようという気持ちになります。筋肉がつくという感覚が腑に落ちると、キツいトレーニングにも挑戦していっても良いかなとなってくるわけです。そのようにしてモチベーションを少しずつ作っていくことが大事です。それが継続してくると、どんどん健康につながっていきます。
心身健康倶楽部では、効果が出やすいように、1つの筋肉に絞って、集中したトレーニングを行います。多くの筋肉をターゲットにするのは、初心者には難しいからです。また、筋肉の位置を知り、そこを感じながら筋トレをすることで、トレーニングの効果が高まります。トレーニングでは、筋肉が膨らんでいくのを体感することが大切です。筋肉に負荷がかかり続けた結果、筋肉中の血液とリンパ液の量が増えて、筋肉が張ります。それを『パンプアップ』と呼ぶのですが、その場で満足感が得られるので、おすすめです。血行が良くなって、その場で筋肉がついた感じになり、見栄えも良くなります。そして、トレーニングをまたやってみようとやる気が出るのです」
第5回からは、簡単に体感を得られる枝光流の筋トレ法の実際を紹介する。
取材・文/三島衣子
枝光聖人(えだみつ・まさと)
心身健康倶楽部代表取締役。パーソナルトレーナージャパン株式会社。人間総合科学大学人間科学学士。心身健康科学修士。厚生労働省認定ヘルスケアトレーナー等。ゴールドジムでアスリート向けのスポーツトレーナー等を経験した後、中高年へのトレーニング指導へと転向、「心身健康倶楽部」を設立。以後15年に渡る経験トレーニング指導を持つ。東京に四谷店、新宿御苑店、あざみ野店、イオン西新井店、神奈川に横浜元町店、大阪に高槻店の6店舗がある。著書に『毎日の不便を「喜び」に変える筋力アップの方法 老筋トレ』(法研)、『はいはいエクササイズ』(ベストセラーズ)等。
心身健康俱楽部