運動習慣のない人にもできる筋トレ法を紹介するこの連載。筋力がすっかり衰えて、ちょっとした運動がニガテになった人もできる超キホンの筋トレとは何か? 今回は実践編として、40〜50代の女性に向けたトレーニング法を紹介します。パーソナルジム『心身健康倶楽部』代表の枝光聖人さんが解説します。
女性は何と言っても「お尻」が大事!
「40代の女性が筋トレを始めるなら、何と言っても『お尻から』です」と断言する、心身健康倶楽部の枝光聖人さん。たしかに女性の間では美尻ブームだ。
「女性の場合は、男性のように筋肉を増やしたい人は少ないです。腕が太くなるのは嫌で、彼女たちはむしろ、引き締めたいと思っています。その中で、唯一、筋肉の量を増やしたい箇所が、『お尻』です。お尻をかたち良く、美しくしたいという需要は根強くあります」
トレーニングをする際、40代の女性の体の変化を知っておく必要がある。男性と異なり、女性には月経がある。40代に入ると、50代の更年期を迎える準備が始まり、閉経に向けて、女性ホルモンの分泌が不安定になってくる。
「私は女性の40〜50代の時期を『エンド思春期』と呼んでいます。15、16歳の頃に思春期の始まると、情動が不安定になりますね。夜中まで遊びまわったり、家庭内暴力をしたり、ホルモンの乱れから、いろいろ問題が起こります。40代になると、思春期同様のホルモンの乱れが起こります。しかもライフステージ的には非常に忙しい時期です。仕事も重要な役割を与えられ、PTAなどに呼ばれたり、塾の送り迎えをしたり、子育ても大変な時期です。これらのストレスが積み重なると、自律神経が狂って、体調不良になりやすくなります。体の調子が悪いと、対人関係が悪くなり、いつもなら気にしない相手の言動にも腹を立ててしまい、上手に受け流せなくなります。あるいは過食に走って、自己肯定力が下がることもあり得ます」
心と体の調子が乱れてきたとき−−、美しい体づくりをすることで、女性は元気を取り戻す。「このタイミングで、お尻のトレーニングを入れることが有効」と枝光さん。「お尻の筋肉は、上半身と下半身のバイパス役にもなっている箇所」なので、ここをしっかり鍛えると、動きがスムーズになり、疲れにくくもなる。
「お尻を鍛えると、足でしっかりと歩けるようにもなります。日常生活で円滑に自分の体をコントロールすることにもつながりますし、新陳代謝も高まって、自分に自信を持てます」
また、上半身と下半身の筋肉量の差を考えたとき、男性は「下半身の筋肉」が弱いが、女性は「上半身の筋肉」が弱い傾向にある。女性の場合は、脚や足首といった、下半身のトレーニングを好んでやりたがる傾向があり、お尻のトレーニングはうってつけでもある。
「痩せる」と「筋肉をつける」は
同時にはかなわないと知る
ダイエットは、女性の一生のテーマ。筋トレして痩せたい!という女性も多いはず。しかし、トレーニングの原則として、それは少し難しいようだ。
「筋肉をつける作業と、脂肪を落とす作業は真逆なのです。そもそも筋肉はカロリーや栄養素が足りていないと、つけることができません。筋肉がつくときには、必ず脂肪も体についてしまいます。トレーニングの際には、『脂肪がつく量を少なくしながら、筋肉をつけるか』ということがポイントになります。
また、逆に脂肪を落としてスリムになりたいときには、筋肉も同時に落ちてしまいます。ダイエットの際は、『筋肉をいかに落とさずに、脂肪を落とすか』が大事になるわけです。『脂肪を落として筋肉をつけたい』というオーダーをする方がいるのですが、それは体の仕組みから言って、ムリな話です。女性がトレーニングをする場合、『筋肉をつけるか』『痩せるか』のどちらを優先するかを決めましょう」
そのときにはやはり自分の体の状態を把握していることが大切になる。たとえば、全体的に体を絞って、筋肉も適度につけたい場合。(1)まず筋肉をつけた後に、脂肪を落とす作戦を立てる。(2)その女性の体が、体幹は太いけれど、腕だけ細いのであれば、腕の筋トレから始めて、栄養も取りながら、筋肉をつけていく。(3)全身の筋肉が適度についたら、今度は、筋肉量が落ちないように、脂肪を落とすプログラムを立てる―という具合だ。
筋トレとダイエットが両立しないことは、実は、中高年をはじめとした、世の中の多くの人は理解していないという。トレーナーであれば、クライアントにそういった知識も与えていくことが重要となる。
実践編1 筋肉の位置を把握する
では、お尻(大臀筋)のトレーニング法を紹介する。
トレーニングの原則は、男性と同様だ(第5回参照)。
●大臀筋のトレーニング
(1)(1) 大臀筋の起始(開始部分)と、停止(終了部分)を確認する。大臀筋は、長頭と短頭の二頭で構成されている。
大臀筋の起始:腸骨、仙骨、尾骨
大臀筋の停止:腸脛靭帯、大腿骨
大臀筋に触れて、開始位置と、終わる位置をそれぞれ確認する。
(2)大臀筋に触れたまま、ここの筋肉に力を入れる。
上半身をゆっくりと上げると、お尻が突き出るので、そのようにする。1秒かけて上半身を上げていく。
(3)(3) 3秒かけて、上半身を倒して、大臀筋をゆっくりと伸ばしていく。じわーっと筋肉が伸びていく感じをしっかりと味わう。
(2)(3)を3回繰り返す
(4)大臀筋トレーニングのもう1つの方法として、「上半身を動かす」のではなく、「足を上げて、大臀筋を収縮させる方法」もある。足を上げて、大臀筋を刺激する場合も、この筋肉に触れてその動きを感じながら、縮む、伸ばすという動きを繰り返す。
「このトレーニング法は、『スロトレ』と似ていると言われるのですが、それよりももっと簡略化した方法です。スロトレの場合は、上げる時も、下げる時も、スローにして感じるというメソッドです。心身健康倶楽部のトレーニングは、筋肉を上げるとき(縮ませるとき)は手を抜いて良いから、筋肉を下げる(伸ばす)ときに、しっかり感じましょう、というものです。集中する時間を短くすることで、そのときの刺激が100%脳に行くようにしています。非常に集中して行うので、普段全く体を動かしていない人だと、これだけでも体が温まります」
女性こそパーソナルトレーニングを!
「自主トレで体を鍛えても良いですが、女性は特に習い事と同じ感覚で、ジムに通うことをおすすめします。女性の場合は、男性よりも、お稽古事を始めると、長く続く傾向があるからです。スポーツジムに行って集団行動で何かをすることに関しても、女性はあまり違和感を感じません。男性の場合は、周りを煩わしく感じ、集団行動を苦手とする傾向があります」
実際、枝光さんがトレーニングの講座などを開くと、生徒さんの9割が女性で、男性は1割もいないという。女性は年をとっても同性の友達と旅行などに行くが、男性は家に引きこもる、とよく言われるが、その通り、高齢になるほど、この傾向は顕著になる。
「女性は、トレーナーをはじめとして、誰かにものを教わるのを得意とします。人の考えを受け入れられやすい気質なのですね。サッカーにしろ、バレーにしろ、女子チームほど有名なコーチがいます。マラソンのQちゃん(高橋尚子選手)を指導し、金メダルに導いた小出義雄監督や、バレーの中田久美さん、なでしこジャパンを率いた佐々木則夫監督などがその例です。女性は比較的、コーチの言われたことをちゃんと守って継続できる性格なので、相性の合うパーソナルトレーナーをつけると、結果を出しやすいと思います」
男性の場合は、基礎を少しかじると勝手にアレンジして自分流にトレーニングしてしまうことが多いとか。トレーニングの環境も、自分が納得するものを選ぶことが肝要だ。
運動ビギナーは、1つの筋肉だけを感じられるだけでいい
「このトレーニングの極意は、上腕二頭筋、大臀筋と、アプローチする筋肉を1つだけに絞っていることです。私の開発した『手抜きんトレ(手抜きをする筋トレ)』は、脳から神経を通って、筋肉にしっかりと刺激を与えることがカギとなります。それには、何よりも『その刺激を感じること』が欠かせないのですが、たくさんの筋肉を使うと、意識が分散してしまって、上手に感じられません。
少し試してみましょう。まず、肩の筋肉に力を入れてみてください。それをしながら、次に足に力を入れてみます。さらにそれを続けながら、胸にも力を入れてみます。さらに背中にも力を入れます。さて、できましたか? おそらく、ほとんどの方は、難しくてできないはずです。リハビリテーションの理論から言っても、全部の筋肉に力を入れるのは難しいのです」
実はこの難しい芸当を、ボディビルやフィジークの選手はやっているのだとか。ポーズをとっているときに、脳から指令を出して、広背筋にもヒラメ筋にも腹筋にも力を入れている。また、日本全国の一般的なトレーニングジムでも、複数の筋肉を使うプログラムを提供している。しかしそれは高等テクニックだ。いくつもの筋肉に力を入れて、意識してくださいといっても、普通の人はまずできないという。
「初心者は、複合関節ではなく、短関節からトレーニングを始めることが必要です。片腕、片足、一つひとつ、起始と停止を感じながら、伸ばしていく。そうすることで、意識が分散せずに、筋肉へ指令が届きます。感じる力があるほど、トレーニングの効率も高まります」
1つの筋肉に根気よく付き合っていると、だんだんと、複合的なトレーニングもできるようになる。「1カ月計1分でいいからトレーニングやりましょう」と、コツコツと続けて行くと、体が格好良くなってきて、他の部位にも筋肉をつけたくなる。ボディビルやフィジークはその先にあるスポーツなのだ。
取材・文/三島衣子
枝光聖人(えだみつ・まさと)
心身健康倶楽部代表取締役。パーソナルトレーナージャパン株式会社。人間総合科学大学人間科学学士。心身健康科学修士。厚生労働省認定ヘルスケアトレーナー等。ゴールドジムでアスリート向けのスポーツトレーナー等を経験した後、中高年へのトレーニング指導へと転向、「心身健康倶楽部」を設立。以後15年に渡る経験トレーニング指導を持つ。東京に四谷店、新宿御苑店、あざみ野店、イオン西新井店、神奈川に横浜元町店、大阪に高槻店の6店舗がある。著書に『毎日の不便を「喜び」に変える筋力アップの方法 老筋トレ』(法研)、『はいはいエクササイズ』(ベストセラーズ)等。
心身健康俱楽部