“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回は前回に続き、「筋肥大」という仕組みが生物に備わっている理由を考えてみたいと思います。
前回、筋力トレーニングによる筋肥大は、筋肉の持つ重力環境に適応する能力を利用したものである、とお話ししました。
そもそも生物が非生物と何が違うかを考えてみると、まず次の二つの機能が浮かび上がってきます。
一つは「恒常性」。つまり、環境が変化しても、体内の環境や生体反応を常に一定に保ち変化させない機能。もう一つは「適応力」(適応性)。これは一見恒常性とは逆で、環境の変化に応じて自分自身を変えてしまう機能です。
これらの相反した二つの機能をあわせ持ち、上手に使い分けて生き延びることが、生物の生物たるゆえんと言えます。
体内環境が頻繁に変わってしまったら生きていけませんし、一方で、極端な環境変化が起こった時には体の仕組みを変えて生き延びるしかないからです。これは哺乳類だけでなく、微生物レベルに至るまで同じです。
筋肉の量も、基本的には日常生活に必要なレベルに保たれています。後で述べますが、筋肉内では、成長を抑制し、そのサイズを一定に保つはたらきをする物質がつくられています。筋トレによって筋肉を新たな重力環境への適応へと導けば、そうした恒常性を打破していくことが可能となります。
前述したように、成長とともに体が大きくなると、重力によるストレスがそれまで以上に強くかかります。その中で大きな力を出したり、速く走ったり、高く跳んだりしなければならない状態になると、運動を生み出すエンジンである筋肉をより大きくしなければいけません。
こうした理由から、ヒトでも子どもから大人に成長する過程は、体に占める筋肉の割合が増加していき、「非相似的」成長を示すと考えられます。
では、そうした適応は、体のどこが支配しているのでしょうか?
筋肉が単独で勝手に適応してくれるのでしょうか?
脳がすべてを調節しているのでしょうか?
内分泌系や代謝系の発達が関連しているのでしょうか?
あるいは、全身としてそのように変化するように遺伝子にプログラムされているのでしょうか?
正解はわかりませんが、哺乳類のように複雑なシステムとして成り立っている生物の場合、全身的な適応と、局所的な適応の両者が関連し合いながら起こっても不思議ではありません。
まず、体が成長するにつれて筋肉に大きな負担がかかり、筋肉単体でより大きな力を出せるように強化を図るということが起こり得ます。これは筋トレの現場でも経験的に実感されていると思います。
一方、体の一部が暴走的に発達してしまうと、全体としてアンバランスや不都合が生じる可能性があります。それを避けるために脳が神経系を介して何らかの働きかけをしたり、ホルモンのような全身を巡る物質によってバランスが崩れないような調節がなされたりしていると考えられます。
筋トレの場合でも、単に力学的な刺激だけでなく、内分泌系や神経系に対する刺激も、大きな効果を得るためには重要になります。
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP