根性論だけのトレーニングの大半は、徒に疲労するだけで破綻することだろう。だが、成果を得るには、強い精神力も必要だ。日本のボディビル界の顔、「絶対王者」鈴木雅が語る発想転換方法、それがこの言葉に凝縮されている。
「苦しいところを苦しいと思わないこと。それは筋発達のチャンス」
(2019年7月11日、SPORTEC 2019セミナー「本当に世界で闘える肉体と作り方」)
鈴木雅のトレーニングは、解剖学、力学、生理学など、科学的理論に裏打ちされている。フォームひとつを取っても、グリップ、骨盤の前傾と後傾、肋骨の開閉、足幅など、チェックポイントは多岐に及び、微に入り細を穿つ注意を払っている。
その結果、2018年までに日本選手権9連覇、2016年世界選手権優勝など、輝かしい成績を達成。怪我のため、10連覇がかかった2019年は大会出場を辞退したが、今後も更なる進化と活躍が期待されている。
本サイトでもお馴染みの「バズーカ岡田」こと岡田隆と、「筋肉博士」石井直方、この両氏と共に登壇したSPORTEC 2019のセミナーにおいて、鈴木雅は、目標の設定と、その達成のために何をするのかを説いた。自身の現状分析を行い、思考を変え、イメージし、その上でどうやって筋肉をつけるか、その要素についての解説である。以下、この日の発言を、もう少し引用してみよう。
――どれだけ追い込むかは、凄く大事になってきます。傍から見れば、「あ、これ、追い込んでいないなあ」という場合でも、その人にとっては追い込んでいるということもあります。それは、もっとできるということなんですよね。トレーニングをやっていて、最後1レップ2レップできないところ、苦しいところを、苦しいと思わないことです。
じゃあ、どういうふうに発想を転換したらいいか? 苦しいと思った時点で、それは筋発達のチャンスなんですよね。そこをやるかやらないかだけで、だいぶ違うんです。逆に、チャンスだと思って1、2、3ってやれば、筋肉がつくと思います。苦しいと思ってしまうと、なかなか難しい。ボディビルダーのトップ選手で、それを苦しいと思う選手は、あまりいないと思います。――
発想を転換することで、ピンチをチャンス、苦境を成長の好機ととらえる。仕事であれ、スポーツであれ、人間関係であれ、発想の転換で成果を得ることがある。トレーニングでも同様だ。
トレーニングの辛い局面で、発想を転換し、追い込むことは、根性論に陥りかねない。オーバーユースやオーバートレーニングの危険もある。だが、基本的に1人で行なうウエイトトレーニングにおいては、限界と感じるものの、実際のところは限界に達していない、自分を追い込めていないことは、多々あることだ。
そのひとつの要因として、これ以上筋力を発揮するのは危険と脳が判断すると、限界に達する前にブレーキをかける、という現象があることを、同セミナーの席上で石井教授が解説している。最大筋力には、自分の意志で出すことができる随意最大筋力と、実際に出すことが可能な生理学的最大筋力があるが、一種の体を守る仕組みとして先に随意最大筋力が落ちるのだと。裏を返せば、ウエイトトレーニングにおいて、精神力を発揮することは、意外と科学的に理に適った行為なのだと言えるだろう。
ただし、フォームには気をつけたい。これまた鈴木雅が述べるように、怪我をしないことも、筋肥大の重大な要素のひとつである。崩れたフォームで無理をすることは、追い込みではなく、単なる無謀な行為でしかない。安全で効果的なフォームを学び、それを実践することは、追い込むよりも以前に、優先すべき大前提だろう。
ウエイトトレーニングとは、科学の実践である。鈴木雅は、知識の重要性について説いている。だが、それと同時に、苦しい局面を好機ととらえる発想の転換、いわば「科学的精神論」もまた、身体の成長には重要なのである。トレーニング中に苦しい時は、自分自身を鼓舞しよう。それは、「筋発達のチャンス」なのだから。
文/木村卓二(きむら・たくじ)
本業はTVディレクター。複数言語に通じ、ラグビー日本代表スクラムコーチ通訳(フランス語)、ラグビーW杯Broadcast Venue Manager、FIFA W杯Broadcast Liaison Officerなども歴任。世界各国のStrength & Conditioningコーチに感銘を受け、究極のトレーニングを求め、取材と研究に勤しむ。認定フィットネストレーナー資格を持ち、格闘家などへの指導も行なっている。
写真/保高幸子(ほたか・さちこ)