元サッカー日本代表であり、現在は腸内フローラ(腸内細菌の生態系)解析事業を行うベンチャー・AuB(オーブ)株式会社の代表取締役を務める鈴木啓太氏。これまでに約700人1,400検体にも及ぶアスリートの“うんち”を基にデータの分析をするなど、腸にフォーカスしたアスリートのコンディション管理、パフォーマンス向上を目標に、日々研究を行っている。今回はその鈴木氏にインタビューを実施した。第1回は、会社立ち上げの経緯について。
幼少期から教えられた腸内環境の大切さ
――プロサッカー選手から腸内環境を研究するベンチャー企業の代表という珍しいキャリアを歩んでおられますが、そもそも腸内について興味を持たれたきっかけを教えてください。
鈴木:もともと、小学校低学年くらいのときから調理師だった母親に「人間にとって腸は一番大事」「毎日自分がどんな“うんち”をしたのかを見なさい」と教育されてきたんです。高校生のときには腸内細菌のサプリメントを与えてもらって飲み始めていたこともあり、幼少期から「腸内細菌」という言葉や、「腸が大事」だという意識はずっと持っていたんです。
――うんちを見る……とは、見て具体的に何かしていたんですか?
鈴木:その当時は、見てどうするということはありませんでした。「バナナみたいなうんちをしなさい」と言われていただけで、「どうやったらそんなの出るんだ?」とは思っていましたが(笑)。なんとなく意識はしていましたが、まだそのときは自分の体調と便がリンクしているものだとは思っていませんでしたし、そこまで重要なものとはとらえていませんでした。いいうんちが出たら嬉しい、気持ちいいくらいですね。
――プロサッカー選手になってからも、やはりコンディショニングの面で腸には常に気を使っていたわけですか?
鈴木:そうですね。まさに“お腹でコンディションを調整していた”という感じです。サプリは継続して飲んでいましたし、遠征のときには梅干しを常備したり、食後に温かい緑茶を飲んだり、お腹にお灸をしたり腹巻をしたり、自分なりの調整をしていました。そのなかで、「腸が大切」だと身をもって実感したのが、アテネオリンピックのアジア最終予選でUAEのドバイに遠征したときです。
――チームの中で多くの選手やスタッフが体調を崩されたということが起きた遠征ですね。
鈴木:はい。選手23人中18人が下痢になってしまいました。僕を含めた5人が幸い下痢にはならず、その理由は明確にはなっていないのですが、僕は腸のことを常に気にかけていたからか、サプリメントを飲んでいたからか、お腹を崩すことがなく試合に臨むことができました。「腸を整えていたおかげ」だと感じた、非常に大きな出来事だと感じています。そういった経験もあり、またずっと腸のことに注目していたということもあり、引退する間近の2015年に縁があってAuB株式会社を立ち上げることになりました。
――引退と同時に新事業を立ち上げるのはなかなかチャレンジングなことのように思うのですが、具体的にはどのような経緯で。
鈴木:引退を考えるようになっていた頃に、体をケアしていただいていたトレーナーさんから「うんちを記録するアプリを作っている人がいる」という話を聞いたんですよ。当然、「何ですかそれは?」となりますよね。もともと自分が腸とか腸内細菌ということに興味があったので気になりましたし、「これは面白い話が聞けるかもしれない」と思い、話を聞きに行くことにしました。
――そこで意気投合したと?
鈴木:そうですね。本当にすぐ会いに行ってお話を聞かせてもらいながら、僕自身がこれまで考えてきたことや経験してきたことなどもお話しして。腸内に興味を持っていたとはいえ、腸内細菌のサプリメントを飲んでいたものの周りは理解できないし怪しいと思われそうだったので、“ビタミン剤”と言って飲んでいたんですよ。だからそこで、いろんな細菌の研究の話も聞かせてもらって、僕からは「それをアスリートで調べてみたら面白くないですか?」って話をしたら、面白いねという話になって。もうそこで、「よし、会社を作ろう!」と勢いで決めました(笑)。
――すごい勢いですね(笑)。何か、将来に成功するビジョンみたいなのが見えていたんですか?
鈴木:デブ菌・ヤセ菌というのが発見されたように、アスリート特有の菌が発見できるのでは?と考えました。アスリートは一般の方よりも日頃からコンディションを整えているし、何かしら特徴があるはずだと。そして、コンディションって上がったり落ちたりしますが、やはり若いときのほうが動けるじゃないですか。じゃあもし、若い時の腸内細菌を保管しておいて、加齢とともに菌が減っていったり弱くなっていったり、コンディションが悪くなったりしたときに、若いときの菌を入れ直したら回復してコンディションアップにつながるんじゃないか……ということもなんとなく考えていましたね。ただ、ビジネスという視点ではそこまで考えていませんでした。もしかしたらビジネスになるかもしれないね、くらいです。
――大きな転身に、不安はありませんでしたか?
鈴木:世間知らずだったのか、あまりなかったですね。でも、絶対に必要なことだとは思っていましたし、自分たちがビジネスをやらなかったとしても、誰かが必ず欲しい情報にはなるだろうとは思っていました。アスリートに限らず一般の方にも必ず役立つものになるはずだとも思っていたので。
★Vol.2「見えてきたアスリートと一般の腸内環境の違い」(7月10日公開予定)に続く
取材・文/木村雄大
鈴木啓太(すずき・けいた)
1981年、静岡県出身。AuB株式会社代表取締役。元プロサッカー選手。2000年に、東海大翔洋高校から浦和レッズに加入。ベストイレブンに2度輝くなど、16年にわたり浦和一筋でプレー。2006年にはイビチャ・オシムが監督に就任した日本代表にも選出され、オシムジャパンでは唯一、全試合先発出場を果たす。2015年シーズンをもって現役を引退。同年にAuB株式会社を設立。サッカーの普及に関わりながら、腸内環境にフォーカスした研究を日々行い、その知見やアイデアを事業化。2019年12月にはAuB初商品であるサプリメント「AuB BASE」を発売し、自社ECサイトAuB Storeにて好評発売中。「とくダネ!」(毎週月~金曜朝8:00-9:50、フジテレビ系)の金曜日スペシャルキャスターとして出演中。