”世界を股にかける治療家”Ken Yamamoto(ケン・ヤマモト)の連載『腰痛ゼロ革命』の第6回はKen先生と付き合いの深い格闘家のストーリー。学生時代、柔道に打ち込んで腰椎すべり症を発症、治癒した経験を持つKen先生。格闘家との付き合いは深くて広いが、中でも印象深いのがDEEP、PRIDE、UFCなどの総合格闘技で活躍した長南亮さん。「長南亮会長に出会えたおかげで、治療家として成長させてもらいました」と、Ken先生が語るほどの経験をしたようだ。
アイスホッケーは「氷上の格闘技」、水球は「水中の格闘技」と激しいコンタクトを伴うスポーツは、「○○の格闘技」と呼ばれる。が、本家本元の格闘技は、前述した「激しい接触プレーの多い競技」とまるで比較にならないほど、全身に大きなダメージを受ける。
ルールによって違いはあるが、直接、殴り合い、蹴り合い、倒して殴って、関節を極めて、対戦相手を失神させるか、ギブアップさせるまで攻撃の手を一切緩めることはない過激な競技もある(とくに総合格闘技)。そんな過酷な競技だから、試合はもちろんのこと、日頃の練習で体に受けるダメージは大きい。
プロ選手ともなれば、大なり小なり体に痛みや古傷を抱えており、「どんな痛みも一瞬で取ってくれる」という噂を聞きつけて、Ken先生のもとを訪ねてくる格闘家はたくさんいる。
「今、新規の患者さんを診る時間はないんです。以前から、お付き合いのある患者さんと、紹介で来られる患者さんを診るだけで手いっぱいなんですが(苦笑)、中でもプロの格闘家の皆さんは、よく来られますよ」
世界中の格闘家の治療をする中で、Ken先生にとって、長南亮さんは、とくに思い出深い患者だ。長南さんとの出会いは、やはり格闘家の紹介から始まった。
※長南亮(ちょうなん・りょう):総合格闘技のDEEP、PRIDE、UFCなどで活躍。好戦的なファイトスタイルで「殺戮ピラニア」の異名を取った。7年前に引退し、現在は「TRIBE Tokyo MMA」を主宰し、後進の育成や一般の指導にあたる。
「長南会長は、非常に自分に厳しい人であり、人知れず努力をしてきたことを私は知っています。その厳しさは自分に向けるものだけではなく、僕の施術能力にも厳しいモノがありましたね。
痛みがなくなるまで『痛い』『まったく変わりません』『相変わらず痛い』という正直な発言は、治療家を苦しめます。でも治療家は、人の役に立ってこその仕事であり、痛みが取れなければ意味がありません。
治療家には、2種類存在します。患者さんとペチャクチャと友達のように話して、仲良くなることで『痛い』と正直に言えないパターンにしてしまうのか、それとも『痛い』と言い続ける患者さんと、真摯に向き合うのか。
もちろん、痛いと言われ続けると病みますよ。でもね、それでも患者さんの痛みと向き合っていると、わかってくるんです、本当の痛みの原因が」
Ken先生にとって長南さんは、スキルアップに欠かせない、ある意味、先生のような存在だったのかもしれない。
「長南会長は痛みが少しでもある限り、『痛い』と言い続けるんです。普通は10の痛みが5になると『軽くなった』と言って帰っていくものですけど、あの人だけは痛みがゼロになるまで『痛いですね』と言い続けました。
僕は、彼みたいな人と出会って『自分に厳しくならなきゃダメだ』『痛みを1回で、すべて取り切ろう』という意識を貰えた気がします。
彼が『痛みが無くなりました』と言って帰っていくと、自分の中で“合格だな”と思うようになりましたし、そのために一層、勉強に励んだ経緯もあります。
普通は、時間とお金を気にして、『今日はここまで』で終わらせることが多い中で、あの人は絶対に帰ってくれなかったんですよ(苦笑)。まさにピラニアです(笑)」
長南さんが抱えていた痛みの箇所は、「全身」だったと言う。
「首、腰、ヒザ、足首、すべてが悪くて、全身に痛みがあったようです。練習を毎日、激しくやるため、格闘家特有の『酷使』ということもありました」
ある時、長南さんが「ヒザが痛い」とKen先生のもとに駆け込んできたことがあった。
「ヒザが曲がらないし、ピンと伸ばしたら伸ばしたで痛みが走る。見たら、ヒザのお皿が外側を向いていて、脱臼していたんです」
痛みの原因がわかると、治すのは簡単だった。
「軽度屈曲位から、ヒザのお皿を外側から少し押しながら、足を伸ばしていったらポンとハマって、その瞬間に痛みが無くなったんです。
僕は解剖学の勉強を続けていて、お皿は筋肉に引っ張られて外側にしか脱臼しないのを知っていて気づきましたけど、この脱臼を見抜けない先生が結構多いみたいですね。ヒザのお皿が脱臼方向に変位したまま『ヒザに力が入らない』とか言いながら、普通に生活してしまうケースも少なくないようです。
基本的な解剖学の知識のある人に体を見て貰うようにしないと、とくにプロスポーツ選手は寿命を短くしてしまうでしょうね」
腰痛に悩む格闘家は少なくないが、長南さんもまた「腰」にも爆弾を抱えていた。
「長く痛みを抱えていました。彼は、体がとても硬いため、とくに股関節が固まって動きが悪くなると、連動して腰痛がひどくなります」
この連載で触れてきたように、Ken先生は「腰痛は、腰を見ているだけでは分からない」と指摘する。長南さんの場合、体が硬く、とくに股関節の動きが悪くなることが腰痛の引き金になっていた。
「人の体には『動くべき箇所』と『動いてはいけない箇所』があるんです。とくに腰椎(背骨の腰の部分)は構造上MAXで5度しか捻じれない。そういう構造になっているんです」
「ですから、腰椎は動いてはいけない箇所。股関節は『動くべき箇所』なんです。しかし、股関節の動きが悪くなると、腰椎が代わりに動こうとして(代償運動)、腰痛を発症するんです」
長南さんの腰痛は、他にも原因があった。
「上を向いてください、というと首がほとんど動かないんですよ。本人は『首を鍛えてるせいだ』というのですけど、いやいや、そんなことないだろうと(苦笑)。
要は、頸椎が動かないから、下部頸椎が動かなくなってくる。そして胸椎の動きも悪くなってくる。胸椎が動かないと、代償運動で腰椎が動いて、やはり腰痛になるんです。
僕は、長南会長のような人がいたから首の研究をして、ハワイ大学の大学院でも首の授業を持って教えたことがあるんです。
解剖学を知っていてもソレを使えないと意味がないでしょ。彼らは当然、大学院生ですから解剖学をマスターしていますけどね。じゃあ、ソレをどう使うのかは考えていない感じが伝わってきました」
試しに上を見てほしい。首を動かして、天井がしっかりと目に入るだろうか。筆者は全然、目に入らず、Ken先生に爆笑されてしまった(第1回参照)。
以来、Ken先生のアドバイスで「デスクワーク中、1時間に1回必ず上を向く」を実践している。また、猫背のために肩がつねに前へ出ているのを改善すべく、壁を使ったストレッチを教わった。
これで首の動きが改善されて、今では上を向くとスッと天井が目に入る。デスクワークの合間に、ぜひ取り入れてほしい動きだ。
「日本人は、猫背が多いですね。猫背だとコンビネーションで顔が前に行きますし、顔が前に出ている人は首の可動域が狭くなっていて、上を向いているつもりでも天井は目に入らないです」
また今回、長南さんの股関節の動きをどう改善していったのか、詳しく説明してもらった。
「股関節の動きを良くするには、動かすしかないです。しかも、大きく動かすのがいいんですけど、動きを阻害する筋肉があるんです。大殿筋や大腿四頭筋などです。そうした筋肉が緊張していると、股関節の動きが悪くなります」
寝た状態で、股関節をゆっくり、大きく回していく。右足を内回し、外回しで50回。次に左足を内回し、外回しで50回ずつ。
「片ヒザを両手で抱えて、ヒザに胸に付くぐらいまで引き寄せる。正常可動域ならそこまでできます。できない場合は、固まっている筋肉を軽く押してみるとわかります」
Ken先生が大殿筋を押すと、モデル役の編集M氏から「痛い!」と悲鳴があがった。
「ここが硬いですね。硬い箇所がわかったら、足を伸ばして上げて、つま先をいろんな方向に向けてみてください。それで伸び方が変わってきます」
「また、反り腰の人も股関節の可動域が狭いです。その場合は、骨盤を後傾させた状態でタオルやテニスボールをお尻の下に入れて、それで大きく曲がるようにします」
股関節を動かしていくうちに動きが良くなり、腰への負担が減り、痛みはなくなっていく。
「腰椎が得意な動きは、前後です。回旋はできない仕組みになっているんです。体を捻ってみてください(写真)。
おもに股関節と胸椎が動いていて、腰椎はほとんど動いていないことがわかると思います。
だから、腰椎は回旋できない仕組みになっているんです。なのに『腰を痛めた』というと『バキっ』とやる先生がいますよね。大丈夫かなと、心配してしまいます。解剖学を理解しないで整体院を開いている人がいますので、注意したほうがいいと思います」
<終わりに――Ken先生からの回顧録>
『長南会長の最終戦は、厳しい相手だった。
引退試合がタイトルマッチであり、対戦相手は自分のチャンピオンだった弟子をコテンパンにしてくれた漢だった。弟子がヤられて黙っているわけには行かない。
チャンピオンベルトを弟子から奪った漢にやり返すストーリーだったのだが、長南会長はその時、酷い腰痛だった。言葉が先に出てしまった以上、やり遂げなくてはいけない。
腰痛を克服し、そしてリングへ。そして、そして、長南選手は最後の力を振り絞ってベルトを奪取した。
会長は後日、試合で使ったグローブを額に入れて、僕に手渡してくれた。
「先生が居たから引退試合まで試合が、出来ました。ありがとうございます」
僕は泣いた。涙が溢れて止まらなかった』
(次回に続く)
取材・撮影:茂田浩司
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Ken Yamamoto
東京都出身。東海大学体育学部卒業。中学・高等学校保健体育科教員1級免許取得。23歳で治療院開業。27歳で柔道整復師国家資格取得し、整骨院を開業。30歳で目黒区医師会立看護学校卒業し、免許取得。仙骨専門治療院、整形外科、総合病院整形外科、整骨院、介護センターを経て、整骨院開業。現在は、年間300日以上、海外を中心に解剖学を基に作られたKenYamamotoテクニック(KYT)のセミナー講義並びに大学の授業などを行ない後進の育成にも余念がない。腰痛患者さんの施術を招かれる各国で行なっている。KYTは現在40カ国で使われているテクニックとなっている。