リアル超人への道。ミノワマンの限界突破ヒストリーVol.1「半年かけて100㎏を目指します」




 「自分が100㎏になれば無差別級ではなくヘビー級」

代名詞とも言えるタックルの打ち込みを行なうミノワマン

――あらためてお聞きしますが、普通の選手とは真逆の発想ですよね。

「結局あこがれているのがヘビー級なので。今までは自分が83kgくらいで、無差別級という形で120kgくらいの選手と試合をしていました。でも自分がヘビー級になれば、その試合は無差別級ではなくなります。なので、今後は僕自身がヘビー級になろうと思っています」

――自分から合わせにいくのがミノワマン選手らしいですね。

「デビューの時からずっとそれでやっていたので、これが普通だと思っています。チェ・ホンマンと向かいあった時は、『こうやって(アントニオ)猪木さんや前田(日明)さんもアンドレ・ザ・ジャイアントと向かい合っていたんだな』って感慨深い氣持ちになりました。みんな大きな外国人選手と向かい合っていたので、『今度は俺の番だ』という氣持ちが湧いてきたのを覚えています」

――ビビるどころかワクワクしたんですね。

「チェ・ホンマンと向かい合った時は本当にワクワクしました。自分よりもデカい選手と向かい合うのは快感でしたね」

さんざん遊んだ挙句、対象年齢が3歳~6歳と知り愕然とするミノワマン

――生い立ちを振り返る次回からのインタビューでも触れますが、かつてビッグバン・ベイダーから逃げまわっていた少年とは思えませんね。では今後についてですが、どのようなビジョンを立てていますか。

「60歳、70歳まで現役を続けるかと言ったらそれはわからないですが、もう少し現役を続けようと思っています。あまりズルズルやるのもダメだと思うので、とりあえず50歳までにヘビー級で結果を出したいですね。ヘビー級でやると決めたので、RIZINの若い選手の中にミノワマンを食い込ませようと考えています」

――早ければ年末か来年早々にも、100kgで闘う姿が見られるかもしれないですね。

「そうですね。ミドル級やライトヘビー級の時は、せっかく増やしたのに試合のたびにまた落とすという感じでした。それが今は100㎏を目指して制限なく増やせるので心地いいです。100㎏のミノワマンを、ぜひ楽しみにしてください」(続く)

■次回(5月4日)からはリアル超人を目指すきっかけとなった“美濃輪育久”時代を徹底的に深堀りします。

取材・文・写真/松浦俊秀
写真提供/ミノワマン

ミノワマン(みのわまん)
本名:美濃輪育久。1976年1月12日、岐阜県出身。175㎝。92㎏。フリー。戦績/117戦63勝(43S、11KO)45敗9分。パンクラス 第5回ネオブラッド・トーナメント優勝、初代BSFミドル級王者、DREAMスーパーハルクトーナメント 〜世界超人選手権〜優勝。公式twitter。YouTubeチャンネル「ミノワマン ワールド / Minowaman World