【Road to 100㎏】いつ何時、誰の挑戦でも——。猪木イズムを胸にミノワマンZがデビュー




中学2年生の時にプロレスラーになることを決意したミノワマンZ。当時はサッカー部に所属していた(後列、右から4人目)

「猪木さんの遺志を継ぐのは当たり前」

——試合までは無理をせず今の体重をキープする形になるでしょうか。

「そうですね。100㎏の体をつくるという夢は追い続けますけど、試合前は今の動きをキープしたいので無理はしません。それでも前の試合から10㎏増えているので、試合でどうなるか自分でもすごく楽しみです」

——練習の時の感覚とは当然、違うでしょうね。

「練習だと今までできなかったことが、できたりします。たとえばグラウンドで下になっても、今まで返せなかったものが返せたりと違いを感じます。もちろん体が大きくなったぶん動きにくくなった部分もありますけど、そこは練習の中で調整していますし、大きくなったからこそできる新しい技も生まれました」

——最後になりますが、ミノワマンZとしてのデビュー戦の前に、“美濃輪育久”に大きな影響を与えたアントニオ猪木さんが逝去されました。

「過去にいろいろお会いしたりしましたし、ものすごく影響を受けた方なので本当にショックでした。僕だけではないですけど、ほとんどの選手がこれからも猪木さんの遺志を受け継いでいくと思います」

——猪木さんがいなければ、今のミノワマンZ選手も存在しなかったかもしれません。

「いないと思いますね。格闘技はやっていたかもしれないですけど、『いつ何時、誰の挑戦でも受ける』という猪木さんの言葉がなければ無差別級ではやっていなかったと思います。直接の弟子ではないですけど、僕が最初に憧れた方ですしプロレスの世界に入門するきっかけになった方ですので、遺志を継ぐのは当たり前だと思っています。本当に猪木さんには感謝しかないです。猪木さんの遺志を継ぎつつ、新しいZとしての自分を出していきたいと思います。次の試合は入場から全部、注目してください」

取材・文/松浦俊秀
写真提供/ミノワマン

ミノワマン(みのわまん)
本名:美濃輪育久。1976年1月12日、岐阜県出身。175㎝。92㎏。フリー。戦績/117戦63勝(43S、11KO)45敗9分。パンクラス 第5回ネオブラッド・トーナメント優勝、初代BSFミドル級王者、DREAMスーパーハルクトーナメント 〜世界超人選手権〜優勝。公式twitter。YouTubeチャンネル「ミノワマン ワールド / Minowaman World