脂肪の分解、動脈硬化や認知症の予防・改善…筋トレが健康にプラスになる理由




筋肉から分泌される物質が健康を増進させる

前回はマイオスタチンやIGF-1といった物質を筋肉が分泌することで、筋肉自身の太さをコントロールしているというお話をしました。

わざわざ生理活性物質を分泌するのであれば、筋肉自身に対してだけでなく、他の臓器や器官に対してもメッセージを送っている可能性もあります。それには、どのようなものがあるでしょうか。

メジャーなものとしては、これまで何度か紹介した「IL-6」(インターロイキン-6)が挙げられます。

これは他のマイオカインと同じように筋肉が運動することで分泌され、筋肉が太くなるシグナルになります。

2005年に発表されたデンマークのベンテ・ペダーセンという免疫学者のグループの研究では、IL-6は脂肪の分解を促し、肝臓のグリコーゲンの分解を促すこともわかりました。

また、動脈硬化を起こす時の炎症反応や免疫の暴走を抑える働きがあるため、動脈硬化の予防や改善にプラスになるとペダーセンは主張しました。つまり、筋肉をよく動かすと健康にとってプラスの影響を及ぼす物質が分泌されるという内容で、その論文は華々しく世の中に受け入れられました。

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余談ですが、私たちはその10年近く前に、トレーニングによってIL-6が分泌されることを確かめていました。しかし当時は IL-6は「炎症マーカー」として広く認知され、あまり良い印象を与えるものではなかったので、論文にはあれやこれや「言い訳」のようなものを書きました。ですから、ペダーセンの論文が発表された時には悔しい思いをしたことを覚えています(笑)。

筋肉が分泌する情報伝達物質「マイオカイン」は、今や広く認識されるようになりました。そして新たなマイオカインが次々に発見されているわけですが、この論文はマイオカイン研究が進むきっかけの一つだったと言えます。

筋トレが「脳トレ」になる可能性

2012年に発見された「イリシン」は、白色脂肪細胞を熱産生能力のある褐色脂肪細胞(正確には褐色脂肪ではなく、それに近い細胞ということで「ベージュ脂肪細胞」と呼ぶ)へ変換し、エネルギーの消費を促進してくれることがわかっています。つまり筋肉を動かすことは脂肪を燃焼させるだけでなく、脂肪を溜めにくい体に変化させる要因にもなると考えられるようになっています。

さらにその後、イリシンは血流に乗って脳の海馬に入り、そこでBDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすことで、神経細胞の増殖を促したり、細胞死を防いだりする可能性が示されました。したがって、イリシンは認知症の予防改善にも効果的ではないかと期待されるようになりました。筋トレが「脳トレ」になる可能性もあるということになります。

このように筋肉は健康長寿のために重要な物質も分泌していることがわかりつつあり、その仮説に基づいた研究も世界中で進められているのが現状です。今後発表される「マイオカイン」にも注目したいと思います。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。