加圧トレのメカニズムを応用したのがスロトレ
筋肉をつけると基礎代謝が上がり、「ダイエットしやすく、リバウンドしにくい体」になるという“新常識”は、2000年代から少しずつ一般にも広がっていきました。
しかし、そこには「筋トレは大変」という壁がありました。
とくに普通の女性には筋トレをするという発想がほとんどなかったはずなので、最初からあきらめてしまった人もいたかもしれません。
そこに風穴を開けたのが「加圧トレーニング」や「スロートレーニング」。その開発には、私も大きく関わることとなりました。
加圧トレは私の研究室に信頼性を確かめる依頼があり、いくつもの実験を繰り返して効果を実証しました。その後すっかりメジャーになったので、そのメカニズムをご存知の方も多いかもしれません。
簡単に言うと、ベルトで筋肉を締めつけることにより、血流を制限して筋肉の内部環境を悪化させます。すると軽い負荷でも筋肉を早く疲労困憊に追い込むことができ、女性や高齢者でも筋肥大を起こしやすいというのが特徴です。
加圧トレのメカニズムを応用し、私の研究室で発案したのがスロトレです。
これは筋肉の力を抜かないようにゆっくり動くことで、加圧トレと同じように筋肉の内部環境を悪化させます。それによって、やはり軽い負荷(最大筋力の30%程度の重さ)でも効率よく筋肥大を起こさせることが可能になります。
最初にスロトレの書籍が発行されたのは2004年。それは予想以上に話題となり、女性がダイエットのために筋トレをするという潮流にもかなり貢献したと思います。
しかし、1995年頃に基盤的な研究をはじめた時には、そのようなブームを狙っていたわけではありません。むしろ超高齢社会における寝たきり予防が主な目的で、高齢者にもできる筋力強化、筋肉量の維持や増加のためのトレーニングと考えていました。
ところが本が出版されると、若い女性たちから「痩せました」という反響が多数寄せられました。「そこまでの効果が……」と驚くほどでした。
女性が筋トレに取り組むきっかけに
研究を進めていく中で最も意外だったのは、脂肪を分解する「成長ホルモン」の分泌を促す効果が大きいことでした。多少の予想はあったのですが、筋肥大のスタンダードとされる80%1RM(1回上げられる重さの80%)の負荷でトレーニングするよりも成長ホルモンの分泌効果が高かったのは衝撃的でした。
その要因としては、少し難しい言葉ですが「代謝物受容反射」が挙げられます。
筋肉の中には痛みや疲労、熱など様々な異変を感知する「代謝物受容器」(侵害受容器)という感覚器官があります。筋収縮に伴ってつくられる物質が筋肉の中に蓄積されてくると、その受容器を通して脳に信号が送られ、視床下部から様々なホルモンが分泌されたり、交感神経が活性化されたりする反応が起こります。
感覚器を刺激する物質を「代謝物質」と総称しますが、加圧トレやスロトレを行なうとそれが筋肉中に溜まりやすい環境がつくられるのです。その影響で、負荷は軽いのですが、筋肉には「きつい」「効いている」「熱くなってきた」などの感覚が生じます。
逆に言うと、こういった感覚が生じなければ、筋トレが適切に行なわれていない、効果も出ないということになります。
成長ホルモンが分泌されやすくなれば、より多くの脂肪が分解され、痩せやすくなるのは当然。その上、筋肉が増えることで体を動かすのがラクになったり、交感神経が活性化して活動的になったりし、さらにダイエットが進みやすくなったという面もあるかもしれません。
スロトレがこれほど注目されたのは意外でしたが、女性が敬遠してきた筋トレが受け入れられる一つのきっかけになったことは研究者としてうれしいかぎりです。
※本記事は2018年に公開されたコラムを再編集したものです。
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。