プロレス解説者の柴田惣一さんが取材したプロレスラーのあんな話、こんな話…数々のエピソードを紹介する連載「柴田惣一のよもやま話」。今回は「レスラーのこだわり」前編「足」にまつわる逸話です。
人は足から衰える。日に日に身につまされる。残酷な時の流れに少しでも逆らうために、とにかく歩くようにしている。一駅前で降りて目的地に向かう。あえて遠回りして帰宅する。とはいえ、なかなか思い通りにはいかないものだ。
レスラーの頑丈さがうらやましく頭が下がる。若手選手はもちろんベテラン選手もリングで暴れまくっている。足が丈夫だからこそ、あれだけ動き回れるのだろう。
「昭和の鬼軍曹」山本小鉄も下半身強化へのこだわりを口癖にしていた。「競輪選手と間違えられるような足にしないと」と、口を酸っぱく指導していた。

小鉄自身がお手本たるべく、日ごろから様々な工夫をして全身を鍛えあげていた。中でも足にはこだわっていた。成果は十分。短パンから自慢の足を披露していたが、太くムキムキで筋肉質。パンパンに張り、見事だった。
ただ大きなサイズの短パンを着用しても「股ズレになっちゃうんだよね」とぼやいていた。あまりにも太いため、バランスが違い過ぎて合わない。結果は股ズレというワケだ。
とはいえ、この股ズレは足を鍛え上げていることの裏返し。いわば勲章そのもの。小鉄のちょっとばかり得意げな顔を思い出す。
ゴムのビーチサンダルを愛用する選手が多かったのも、足の強化のためだった。親指と人差し指の間を広げると血流が良くなって体にいいと言われていた。当時は五本指の靴下は一般的ではなく、足袋をはくわけにもいかない。ビーチサンダルが最適というワケだ。
涼しく、濡れても大丈夫ということもあってか、大半の選手が道場や合宿所ではビーチサンダル。近所に買い物にもそのまま出かけていた。
征矢学がWILDだった若き日に、下駄を履いていたことがある。ファンから夏に「蒸れないよ」とプレゼントされたのだが、鉄下駄でなくても下駄は履いているだけで足の強化につながる。バランス感覚も磨かれる。
征矢も気に入っていたのだが、いかんせんカランコロンと音がうるさい。外ではくのははばかられる。そして足の指が太いのか、はたまた指の力も強いのか、鼻緒がよく切れてしまう。それで泣く泣く下駄は封印したという。
競輪選手といえば、東京・町田市の相原プロレス代表シンゴ・相原である。かつてSHINGOとして競輪選手との二刀流で暴れていた。DDTのリングに競輪選手の出で立ちで自転車に乗って登場。様々な武器を装着した自転車を乗りこなす高木三四郎らと、プロ競輪仕様の自転車に乗って対戦したこともある。

今は競輪を引退しているが、スゴイ足をしていた。とんでもない急こう配の坂を自転車で駆け上ったり、急角度のバンクを疾走したり、ロードを何十キロもサイクリングしたり…プロ競輪選手の太ももは本物だった。
レスラーといえば鍛え上げられた下半身に自信があるもの。ショートタイツが定番だったが、ヒザを痛めるとサポーターが必須。ただし、サポーターをつけていると、相手に狙われてしまうとあって、ロングタイツを採用する選手もいた。
現在ではデザイン性もあってか、さまざまな色や形の鮮やかなパンタロンやロングタイツをはく選手が増えている。これも時代の流れだろう。
猪木はレスラー人生の大半を黒のショートタイツで過ごしている。ムキムキではなかったが見事に鍛え上げられた筋肉質の足をしていた。
シューズのヒモにはこだわりがあったようだ。きれいなヒモが目につき「毎日、シューズのヒモを新品にしている」という噂が立ったことがある。
「連日、ヒモを変えているのですか?」と聞いてみたところ、肯定も否定もせずに「フフフッ」と例の調子で煙に巻かれてしまった。
どうやらタイトルマッチなどビッグマッチではもちろん、テレビマッチごとにヒモを取り換えていたらしい。
足にこだわるレスラーだが、こだわり方は人それぞれだ。(敬称略)
