プロレス解説者の柴田惣一さんが取材したプロレスのアレコレを紹介する連載「柴田惣一のよもやま話」。今回はプロレスの楽しみ方のひとつ「レスラーのキャッチフレーズ」にスポットライトを当てます。
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プロレスの魅力を象徴するレスラーのキャッチフレーズ。昨今はコンプライアンスが厳しくなり、ドキッとするモノはあまり見かけなくなったが、かつては刺激的な文言があふれていた。

引退後も毎年のように来日しイベントで人気を集める「不沈艦」スタン・ハンセン。猪木、馬場を相手に大暴れした現役時代は、CMに起用されるなど不動の人気を誇った。
小細工無用のパワーみなぎる一直線ファイトで「外国人選手には、まだまだ日本人はかなわない」と畏敬の念を抱かせた。説得力抜群のファイターだった。
普段は度の強い眼鏡を着用しており「ブレーキの壊れたダンプカー」もピッタリとはまっていた。一度、天龍源一郎、阿修羅原組との対戦で、失神してしまった。気を取り戻すと半狂乱の大暴れ。控室に戻っても怒りは収まらず「今のハンセンはヤバい。逃げた方がいい」と天龍陣営。大暴れするハンセンの怒号を聞きながら、会場中を逃げ回ったことがある。
後日、その話をハンセン本人にすると「そんなこともあったな」とにっこり。肩を叩かれたが、あの時の恐怖はいまだに忘れられない。
ハンセンのライバルであり盟友だったブルーザー・ブロディの異名は「超獣」。「オウ、オウ」と奇声を上げながらチェーンも振り回して入場。こちらも猪木、馬場、鶴田、天龍らと激闘を展開した。
実はスポーツ紙の記者からの転身。記者の拙い英語に耳を傾けてくれ、持ち歩いていた記者の小型辞書を手に「これだよ」と英語のレクチャーまでしてくれた。「インテリジェンス・モンスター」とも言われていたが、確かに「獣」を超えていた。
ドリーとテリーのファンクスは「テキサス・ブロンコ」だった。プロレス女子は、この兄弟から始まった。黄色い声援を集め、いくつもの応援団に囲まれていた。日本陣営よりも多くの歓声が巻き起こっていた。

当時のテレビ実況で「テキサス・ブロンコ、テリー・ファンク! テリー・ファンク!」「テキサス・ブロンコ、テリー・ファンクですね」というおうむ返しのやり取りに疑問を抱きながらも痺れたものだ。
彼らを筆頭に、選手の魅力を端的に表現したキャッチフレーズはバリエーションに富んでいる。
「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ。ケタ外れの怪力から「発電所」。しかも人間とは思えないパワーを逆に「人間」と表現し「人間発電所」である。
WWWF時代のニューヨークの英雄にピタリとはまっていた。馬場のライバルであり親友でもあった。義理堅い紳士は、まさに古き良き時代のアメリカマット界のカリスマだった。
人間と言えば「人間台風」ゴリラ・モンスーンも秀逸だ。モンスーン=台風。ファイトぶりはあまり思い出せないが、ヒゲにもっこりヘアの髪型、そしてリングネームは忘れられない。
ディック・ザ・ブルーザーの「生傷男」もたまらない。殴る、蹴る、ぶつかる…これだけで対戦相手をファンを恐怖のどん底に叩き落してしまった。まるで岩の様なボディに生傷は絶えなかった。
「黒い魔人」と言えばボボ・ブラジル。アフリカ系でもブラジルの黒さは突出していた。頭突きも彼が繰り出せばココバット。馬場へ繰り出す勇姿は迫力満点。ムシャムシャと草をほおばるパフォーマンスには驚かされた。
「白覆面の魔王」デストロイヤーも一時代を築き上げた。足四の字固めで日本プロレス界の父・力道山を痛めつけた。白いシンプルな覆面が力道山の血で赤く染まっていく。魔王ぶりに日本中が震え上がったものだ。
晩年はタレントとしても活躍し、楽しく優しいお父さんぶりを発揮した。東京・麻布に住み、お子さんたちは日本語もペラペラ。おしゃれな麻布商店街にとけ込んでいた。

覆面レスラーといえば「仮面貴族」ミル・マスカラス。当初は「悪魔仮面」と紹介されていたが、華麗な空中殺法で人気を集め「仮面貴族」となった。ファンクラブがいくつもでき、ファンの組んだ騎馬に乗って入場するフィーバーぶり。素顔は二枚目で、メキシコでは映画スターでもあった。弟ドス・カラスとの編隊飛行でも歓声を集めた。
個性あふれるレスラーばかり。まだまだ語りつくせない。(敬称略)
