筋トレがダイエットに効果的な理由 2000年以降に発見された物質がきっかけでメカニズム解明




筋肉は動かなくても熱を生み出す

「筋肉が力を発揮していても動かなければ熱は出ない」「筋肉の短縮に比例して熱が出る」ということを突き止めたのは以前紹介したノーベル賞科学者のA.V.ヒルでしたが、よく考えてみると、これは生物としては非常に合理的な性質です。

たとえば、たくさんの荷物を抱えて立っているだけで、どんどん体から熱が出てくるようでは、体を維持していくことが困難になってしまいます。ですから、姿勢を維持したりモノを持ったりするだけでは、なるべくエネルギーを使わないように人間の体は設計されているわけです。

寒い時に力を入れて体を固めても、あまり熱は出てきません。しかし、ブルブル震えると熱が生まれます。その時、筋肉は大きな力を出す必要はありません。力は小さくても小刻みに震えることによって体を温める効果が生まれるので、非常に効率が良いと言えます。

寒くなると交感神経の働きで、筋肉が自動的に痙攣するように震えます。これを「シヴァリング」と言いますが、もしこのような仕組みがなかったら、寒いところで生きていくことは困難だったと思います。

震えによって熱が出ることを「震え熱産生」と言いますが、2000年以降、震えなくても筋肉が熱を出すことがわかってきました。これを「非震え熱産生」と言います。

非震え熱産生に関わる物質として最初に注目されたのは「UCP」(ミトコンドリア脱共役タンパク質)。筋肉の中にあるUCPは3番目に発見されたので「UCP3」と呼ばれます。さらに、2010年代には熱を生み出す上でUCP3よりもさらに重要な「サルコリピン」というタンパク質が見つかりました。

ネズミに細工をしてサルコリピンをつくれなくすると、筋肉が熱を発生しなくなり「冷え性」になってしまいます。そのネズミにカロリーの高い食事を与え続けると、どんどん肥満が進み、糖尿病になってしまうことも証明されました。健康を保つ上で、筋肉のつくる熱がいかに重要であるかがわかったのです。

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筋トレは太りにくい体もつくる

そのような物質が筋肉の中に存在することにより、筋肉を動かさなくても体温維持ができるというのは、哺乳類の重要な特性の一つと言えるでしょう。

サルコリピンは筋肉研究の分野でもまだまだ注目されていくと考えられますが、このタンパク質の発見は、筋肉を鍛えて維持することの重要性を広く世に伝えるきっかけにもなったと思います。

筋肉が増えると、基礎代謝や活動時の代謝が上がることがはっきりわかったので、最近では「筋トレはダイエットに効果的で、太りにくい体をつくることにもなる」という考え方もかなり浸透してきました。

一方、かつて主流だった「食事制限でカロリーを減らせばいい」「運動で脂肪を落とせばいい」というダイエット法で無理をしすぎると、筋肉が落ちて熱を生み出す働きも低下してしまい、結果として「リバウンドしやすい体」「ダイエットしにくい体」になってしまう可能性があることも新たな常識として定着しつつあると思います。

ヒルが発見した性質や非震え熱産生などは、人間が生きていく上できわめて重要なものです。今のところ、筋肉と同じようなものを人工でつくることはできません。そのくらい筋肉は完成度が高く、神秘的なものだと言えるでしょう。

 

※本記事は2018年に公開されたコラムを再編集したものです。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。