速筋線維は白く、遅筋線維は赤い
前回まで、骨格筋・平滑筋・心筋という筋肉の種類を軸に、生き物の行動と筋肉の進化について考えてきました。
哺乳類の筋肉では、意識的に使うことのできる筋肉(随意筋)は体を動かす骨格筋です。今回は骨格筋の中でのさらなる機能分化について考えてみましょう。
骨格筋の中には、いくつかのタイプがあります。筋収縮に関わるタンパク質の種類に基づいて分類すると4つのタイプに分類されますが、大きく分ければ「速筋線維」と「遅筋線維」。まずはこの2種類を覚えておきましょう。
速筋線維は文字通り、収縮速度が速いスプリンター型の筋線維。全体的に白っぽい色をしているので白筋とも呼ばれます。一方、遅筋線維は収縮速度が遅いけれどもスタミナのあるマラソンランナー型の筋線維で、赤っぽい色をしているので赤筋とも呼ばれます。
走ったり、ジャンプをしたりする時は瞬発的な大きな力が求められるので、この時は速筋線維が強く働きます。一方、じっと立っていたり、姿勢を長時間維持したりする場合などはスピードよりも持久力が求められるので、遅筋線維が主に働きます(重力に対抗する「抗重力筋」も基本的に遅筋線維です)。
このように状況によってまったく違う能力が必要となるため、筋線維も役割を分担することで効率とパフォーマンスを両立させているのだと思います。
生き物の進化をさかのぼってみましょう。
魚類の段階で、すでに速筋線維・遅筋線維に相当するような違いがはっきりと出現します。両生類や爬虫類も同様ですが、魚類のほうがより速筋線維と遅筋線維の違いが際立っています。魚類に至るまでの過程は定かではありませんが、おそらく骨格を持った脊椎動物としての進化が進む中で、骨格筋は2つの方向性を持って進化してきたと考えられます。
魚の中には、ブリのように部分によって赤身と白身がはっきり分かれているものもありますが、赤身魚・白身魚と呼ばれるように、全身の色で明確に特徴づけられているものもあります。その色の違いは、そのまま主となる筋線維の違いを表現しています。
赤い理由と白い理由
赤身魚が赤いのは、血液のせいではありません。遅筋線維の割合が多く、その中にたくさん含まれているミオグロビンやチトクロームといったタンパク質の色が赤いからです。当然ながら、長距離を泳ぐ魚は赤身が多くなります。
一方、速筋線維はミオグロビンやチトクロームをほとんど含まないので、全体として白っぽい色になります。近海にいてあまり遠くに泳がない定性の魚、あるいは海底に沈んでいる時間の長い魚などは速筋線維が多いので、ほぼ白身魚です。
動かないのに速筋線維が多いのはおかしいと思うかもしれませんが、速筋線維は「なまけ者の筋肉」と言ってもよく、身の危険を感じて逃げる時などのように「ここぞ」という時にしか使われません。逆に遅筋線維は「働き者の筋肉」で、絶えず使われ続けることがデフォルトと言えます。
典型的な赤身魚であるマグロは生まれてから死ぬまで泳ぎ続けると言われるほど持久力があるので、体の大部分を遅筋線維が占めています。ただ、遅筋線維と言っても筋肉のサイズが圧倒的に大きく、また泳ぐために特化した体型になったことで、速いスピードで泳ぐことも可能となっています。
一方、典型的な白身魚であるヒラメは筋肉そのもののスピードは速いのですが、普段は海底の砂に潜ってじっとしているので、速筋線維の能力をあまり発揮する機会はありません。しかし、敵が襲ってきた時に瞬間的に移動する能力には長けています。
このように、速筋線維と遅筋線維はそれぞれの生き物が生存競争を勝ち抜くための戦略に応じて分化してきたと言えるでしょう。
次回は哺乳類の速筋線維・遅筋線維について考えてみたいと思います。
※本記事は2019年に公開されたコラムを再編集したものです。
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。