ヒザのケガを機にスタイルチェンジ オリンピック金メダルを目指す柔道女王の進化




柔道では投げ技、寝技の攻守両面において、筋力と同時に柔軟性は不可欠なもの。また、ケガ予防の面でも試合前後、練習前後のストレッチは欠かせない。ここでは昨年、柔道女子70 kg級で初の世界一に輝いた田中志歩選手に、歩みを振り返ってもらいつつ、ストレッチの重要性や今後の目標について聞いた。

写真提供/JR東日本

【写真】田中選手が実践するストレッチの様子

山口県出身の田中選手は、現在も100 ㎏超級の選手として活躍する兄・源大選手とともに5 歳から柔道を始めた。高校までは柔道とレスリングの二刀流で全国レベルの活躍を見せ、環太平洋大学時代には、体重別の日本一を決める講道館杯で2 連覇を達成するなど、国内トップレベルの大会で活躍。国内にとどまらず、グランドスラム、アジア大会といった国際大会も経験し、順調にトップ選手としての階段を駆け上がっていった。

大学卒業後の2021 年4 月からJR 東日本の所属となると、70 ㎏級の選手でありながら体重無差別で争われる「皇后盃 全日本女子柔道選手権大会」で見事に初優勝。翌2022 年にはグランドスラム・テルアビブを制して、IJF ワールドツアーで初優勝。実績と勢いが評価されて初めて世界選手権代表の座をつかんだ。

しかし、この晴れ舞台となるはずの世界選手権が悪夢の舞台となってしまった。

ウズベキスタンのタシケントで行なわれた世界選手権で準決勝まで勝ち進むも、時の世界王者・バルバラ・マティッチ(クロアチア)に「指導3」の反則負けを喫する。気を取り直してメダル獲得を目指した3 位決定戦では、サンネ・ファンダイク(オランダ)と対戦。ここで田中選手は相手の攻撃を踏ん張った際に右膝をひねって負傷に見舞われた。大会前から左膝を痛めていたこともあり、右膝の負傷も重なって試合続行は不可能に。無念の棄権で目標としていたメダルには手が届かなかった。

負傷した右膝の診断結果は、外側側副靭帯断裂と後十字靭帯損傷の重症で全治6 カ月。手術をして長期欠場を余儀なくされ、パリオリンピックへの道は断たれた。

もともと、田中選手は強い体幹を活かした接近戦からの大内刈を得意としていたが、大きなケガをきっかけに柔道スタイルの見直しに着手する。

「もともとは密着しての大内刈が得意だったのですが、大内刈は直に膝への負担がくるので、ここぞという時以外は使わず、間合いをとって柔道をするスタイルに変えました。今は対戦相手の研究もして、どういう組み手が苦手なのかを見て、相手によって組み手を変えて試合をしています」

密着して大外刈を放つ田中選手。ケガを機にスタイルの変更に着手した(写真/柔道マガジン)

彼女の階級である70 ㎏級は軽量級並みのスピードと、重量級のようなパワーが同時に求められ、そんなスピードとパワーを合わせ持つ相手を崩すためのテクニック、さらには接戦を勝ち抜くスタミナと、総合的に高い能力が求められる難しい階級だ。

この激戦階級で世界のトップに立つべく、柔道スタイルを見直した田中選手は、欠場期間中に積み上げた作りの技術と、組み手と足技を連動させて圧をかけてから持ち前の大技へとつなぐ投げ技、あるいはレスリング仕込みの寝技で抑えるといった万能なスタイルを築き、復帰後は飛躍を見せていく。

復帰戦となった2023 年4 月の全日本選抜体重別選手権こそ初戦敗退に終わったものの、6 月のグランドスラム・ウランバートルで復活優勝を飾ると、9 月のアジア大会でも優勝。完全に復調した2024年4 月には全日本選抜体重別選手権を制し、2 度目の世界選手権代表に選出される。2 年前の悪夢を払拭するべく臨んだ大会では銅メダルを獲得し、初出場時には届かなかった世界のメダルをつかんだ。

自分をもっと強化していきたい 一番の目標はオリンピック金メダル

柔道の幅を広げ、どんなタイプも苦にしない田中選手の躍進は止まらず、2025 年6 月には「ブダペスト世界柔道選手権2025」でついに初優勝をはたす。決勝では第1 シードのララ・ツヴェツコ(クロアチア)を相手に終始試合を支配して、最後は大外落で「有効」を奪って世界一を引き寄せた。

立ってよし、寝てよしの多彩な攻撃で勝利をつかむ(写真/柔道マガジン)

初出場の悪夢から3 年、悲願の世界一を達成したとはいえ、田中選手に満足した様子はなく、さらなるレベルアップをどん欲に求めていく。

「世界チャンピオンになったと言っても、世界の選手はみんな強いので驕りなんてありません。自分の弱いところを消して、武器を増やしていくことが今の課題です。フィジカル強化、筋肥大という部分も含めて自分をもっと強化していきたいです」

田中選手は世界選手権制覇に続き、昨年末のグランドスラム東京でも優勝を飾り、早々に今年10 月に開催される世界選手権の代表に内定。最大の目標である2028 年のロサンゼルスオリンピックに向けて着実に結果を残している。

「以前は柔道のオリンピック選手は金メダル以外だと批判されるような空気もあって、なんでみんなそこを目指したいんだろう?と思うこともありました。でも、今は違います。そこに立った人にしか見ることができない景色を見たいですし、試合が終わった後のみんなが仲良く称え合う光景も好きなので、オリンピックの舞台に立ちたいです。もちろん、一番の目標はロサンゼルスオリンピックの金メダルです。そのためにも今年の世界選手権で連覇を達成することが今の目標です」

大きなケガを乗り越え、柔道スタイルを変え、たどり着いた世界一。しかし、その世界の頂点でさえ、今の田中選手にとってはゴールではない。「ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲る」という大きな志を持って、さらなる夢への歩みを進めていく。

◆本記事は日本ストレッチング協会 協会誌「CREATIVE STRETCHING Vol.72」で紹介された内容を再編集したものです。

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