「家でトイレに行くのも5分かかる」アジャコングを襲った右変形性膝関節症悪化、51歳当時の決断とは




今年、デビューから40周年を迎えるアジャコング。5月16日には沖縄・豊崎美らSUNビーチ多目的大広場にて、40周年記念自主興行『夢の宴-DREAM FESTIVAL-』も大々的に開催する。

【動画】巨大タイヤを投げる!? プロレスラーのストロングマントレーニング

今では数少ない「日本国民なら誰も名前を知っている現役プロレスラー」のひとりで、40年が経った今でもバリバリの現役レスラー。4月前半には岡山→東京→ラスベガス→東京→鹿児島という、とんでもない試合スケジュールをこなし、全国各地で大きな声援を集めている。

さすがは世界の超獣、と呼ばれるレジェンドだけあるが、じつは数年前、現役続行が危ぶまれるような事態に陥っていた。簡単にいえば、歩行すら難しくなっていたのだ。

「まぁ、経年劣化ってやつですよね。あの試合で、この技を受けて怪我をした、とかではなく、長くプロレスを続けていくうちに右ヒザがボロボロになっていった、と。いきなり歩けなくなったわけではないですよ。もう何年も前から痛み止めを打って試合に出ているような状態ではあって。定期的に病院でヒザにたまった水を抜いてもらっていたんだけど、だんだん血が混じるようになってきて……痛み止めも効かなくなっていって、気がついたら、もう痛くて歩けない。

家にいてトイレに行くのにも5分かかるんですよ。そんなの這っていけばいいじゃないか、と思うかもしれないですけどね、這っていくとヒザが床に当たるから、余計に痛いんだよ! だから、もう数センチずつ、ゆっくりゆっくり歩いていくしかなくて。家の中でも杖が必要なレベルだった」

ヒザを悪くするのは、もはやプロレスラーの職業病。引退した武藤敬司がモノマネされるときに「ヒザが痛ぇ〜」とネタにされるほどで、長く現役を続けていれば、どうしてもヒザと腰は悪くなる。特にアジャの場合、100㎏を超える巨体を支えなくてはいけないわけで、嫌でも経年劣化してしまう。いや、むしろ30年以上、なんとか保っていたのが奇跡的な話なのである。

「結局、ヒザの軟骨がすり減ってなくなってて、骨と骨がつねにぶつかっている状態になっていた。そりゃ、痛いですよ。正式な診断名は『右変形性膝関節症悪化』。手術をして、人工関節を入れないと、もうダメですね。いつも手術を薦めることなんてない主治医がレントゲンを見てすぐに『これはオペが必要だ』と言ったぐらいなんで」

それで歩けるようになり、リングに復帰できるんだったら、なにも悩むことはないような気もするのだが、アジャはちょっとばかり逡巡した。

「そのときで51歳だったのかな。手術自体に不安はなかったけど、50歳を超えて、長期欠場をして、そこから本当に復帰できるのか、という不安はあった。いままで休まないで闘ってきたから、休むのが怖い。一度、ヒザのお皿のクリーニングをしてもらったことがあって、そのとき3週間欠場したのかな? いままでのプロレス生活の中で、それが一番長いお休み。そう、1か月以上の休みを経験したことがないのに、ここで1年間休むとなったら、さすがにねぇ……」

昔の全日本女子プロレスは年間300試合近いスケジュールが組まれて、そもそも休みなど、ほとんどなかったのだが、その中でもアジャはとにかく休まなかった。というか、ドル箱スターだったアジャを会社が休ませようとしなかった。有名なエピソードとして「盲腸の手術をした数日後に試合に強行出場し、傷口が破れて、試合中に腹部から出血』とか「ブル中野のローリングギロチンが顔面にヒットして、顔がとんでもなく変形。それでも翌日から変形したままの顔で試合に出場」など、ありえないことだらけ! たしかにそのアジャが長期欠場となると、不安になるのもわかる。

結局、医師から「半年で復帰できる」と言われ、アジャは右ヒザにメスを入れることを決意。この決断が40周年を迎えられる大きな分岐点となった(#2に続く)。