プロレス解説者の柴田惣一さんが取材したプロレスのアレコレを紹介する連載「柴田惣一のよもやま話」。今回は「プロレスラーの意外な好物」後編。なんと「バイキング」です。
じつはバイキングといえば若手選手の大好物。好きなものを好きなだけ食べられるシステムは体を大きくしたい者にしてみれば「最高」である。
ただし、若手以外となると「取りに行くのが面倒」「きれいに盛れない」などと贅沢な悩みをこぼすレスラーも多い。
ところが大のバイキング好きに「野人」中西学がいる。日本人離れした骨格、ボディで人気を集めた実力者。外国人選手にも負けないパワーで、G1CLIMAXを制しIWGPヘビー級王座を獲得している。2020年2月22日に引退したが、今なお話題には事欠かない。
1992年バルセロナ五輪にレスリング代表として出場し、将来を期待されての新日本プロレス入りだった。まず、その名を馳せたのが大食いだった。道場でのちゃんこ鍋をたらふく食べたうえに、先輩レスラーやスポンサーに連れられて食事を楽しんでいた。
注目を集めたのが「モンスター・モーニング」だった。サーキット先の宿泊ホテルの朝食と言えば、バイキングが定番。好きなものを好きなだけお代わりできる食べ放題だが、さしものレスラーたちも朝は少食という者も多い。朝起きてすぐには食べられない、または前夜飲みすぎて二日酔い、ギリギリまで寝ていたいなどの理由である。
ところが、中西は朝一番から食べる、食べる。小皿に卵料理を盛る、盛る。ベーコンやハム、時にはステーキなど肉料理も山盛り。そして同じ量、いやそれ以上の野菜もたっぷり。栄養バランスを考えた朝食を、2人前3人前どころか10人前以上、食していた。色とりどりの料理がところ狭しと並べられた。
「朝食べるのは、体のためにもいい。その日の体調に合わせて、食べるモノも調整できる。量と質をコントロールできる朝食バイキングは、僕にとって天国」と高笑いを決め込んでいた。
朝食を大切にしていたが、お昼や晩飯も人並み以上に何人前も取っていた。カロリー計算をしたら、とんでもない数字が打ち出されていただろう。

2011年に首を負傷し長期欠場した際にも、体は動かせなくても「痩せないように」と量を減らさず食べていたという。そのおかげか見事復活した。食はパワーの源。中西は文字通り実践していた。
中西とはテレビ朝日のYouTube番組「中西ランド」で、よくご一緒させてもらった。激辛食事対決、ドラマ仕立ての寸劇、ソフトボール対決、合気道入門、クイズ合戦、神奈川・横須賀で素敵なジーンズを見つける…さまざまな企画で時に対決し時にチームを組ませてもらった。
豪快なファイトそのままの男と思いきや、じつは繊細な気配りもできる好漢で、楽しい収録ばかり。今でもほっこりしてくる。
ひとつ謝らなくてはいけない。ロケバスで移動中「司会者のMCって何の略ですか?」と聞かれ、半分寝ぼけていたこともあり「Main Controlでしょう」と応じてしまった。「ちょっと違うのでは」と思ったのだろう。中西はテレ朝社員に聞いていた。その方も私に気を使ってくれたのか「それ(Main Control)でも良いと思います」と答えていた。だが「Master of Ceremonies」が正解である。時折、思い出しては恥ずかしくなる。
中西がプロレス大賞で最優秀タッグチーム賞を獲得(2010年)したパートナー、ストロングマンも食事にはうるさかった。中西と違って朝食はあまりとらず「1日6食」と言われていたように、一回の食事を押さえ気味(といっても人並み以上)にして、時間を空けて食べる。消化器官に負担をかけないために、一度に大量に食べないようにしていたようだ。
仲が良かった中西とストロングマン。キャリアが長い中西のアドバイスを素直に聞き入れたストロングマンに「俺に聞くヤツはほとんどいないのに、よく受け入れてくれた」と中西。ただし、食事に関する考え方だけは合い入れなかったという。
レスラーの大食いはいわば職業病。昭和の時代には食べ放題のお店に何度も通い「もう勘弁してください」と来店拒否されたヤングライオンたちもちらほら。レスラー伝説はそこかしこで語り継がれている。(敬称略)

