「明日、突然できなくなっても後悔しないように、格闘技を毎日やり切りたいんですよ」
ライカ
明日が早いから、昨日じゅうぶん頑張ったから、今日は気力が沸かないから……。そんな理由で「とりあえず今日はこれくらいにしておこう」と、決めたノルマをクリアする前にトレーニングを終えることはけっこうある。
仕事や人との約束も同じ。「今日は気が乗らない。忙しい」と先延ばしにするのが世の常、人の常だ。簡単に先延ばしできるのは「必ず今日と同じ明日が来る」と信じているから。日々刻々と流れる事故や災害、病魔と闘う人々のニュースを目にし、胸を痛めたとしても、私たちはなぜか「自分だけはまぬがれることができるだろう」と、無意識に棚上げしてしまう。
でも、そんな保証はどこにもないのだ。
女子格闘家のライカは1998年、22歳でボクシングを始め、フェザー級、ライト級、スーパーライト級で世界3階級制覇を果たした。3歳から18歳まで京都の児童養護施設で育ったことから“女性版あしたのジョー”としても話題を集めた、女子ボクシング界のレジェンドだ。
2014年にジムから引退勧告を受けたが、「強くなりたい」という気持ちが萎えることはなく、同年には総合格闘家に転身。41歳の今も国内外のリングに立ち続けている。
“生涯格闘家”を目指すライカが一番苦手なものが、実は「地震」だ。「地震では一瞬で何もかも、命もなくなってしまうことがある。やりたいことが急にできなくなる。それが怖い」のだという。
彼女のその心理の背景には、長い格闘技キャリアのなかで出会った人々の存在がある。
「自分はボクシングを長くやってきたけど、今まで頑張ってきたのに、本当はもっとやりたかったのに、怪我や病気で次の日にいきなりできなくなった人たちを見てきている。だから、その人たちの分までという訳じゃないけど、自分は明日、突然できなくなっても後悔しないように、格闘技を毎日やり切りたいんですよ」
トレーニングは自分との闘いであり、究極の自己探求、自己実現の手段ではある。でも、ときに他者を思い、翻って自身を見つめ直せば、トレーニングに勤しめる自分の健康や環境が当たり前ではないことに気づき、「今できることを十全に」と思えるかもしれない。その思いはきっと、トレーニング中の「もうひと踏ん張り」につながっていくはずだ。
先延ばし体質、後回し体質の人には、特に心に響く名言ではないだろうか。
文/藤村幸代 撮影/斉藤英雄