【インドネシアのスポーツ事情】③インドネシアの伝統スポーツ

伝統スポーツ、「プンチャック・シラット」

年々経済成長を遂げるインドネシア。のどかな南国のイメージがあるが、すでにジャカルタっ子の生活は、我々と変わるところのない、時間に追われたストレスフルなものに変わってきている。この夏のアジア大会のメイン会場、ゲロラ・ブン・カルノ運動公園は、高層ビルの立ち並ぶ新市街のど真ん中に位置している。ここは富裕層の活動エリアだ。運動公園の隣には、日系デパートがあるのだが、日本人駐在員御用達のこのデパートの物価は、もはや日本と変わらない。1階は、日本と同じように化粧品売り場になっているのだが、ちょうど入口を入ったところでは、マッサージチェアなどの健康器具の展示販売が行なわれていて、セールスマンがしつこいくらい絡んできた。ここジャカルタでの健康志向の高まりをうかがうことができた。

デパートで健康器具を売るセールスマン

今回、インドネシアではアジア大会が行なわれたわけだが、新造されたものは少ないけれども、この国のスポーツ施設の多くが、近代的なものに改修された。昨今、スポーツ大会の肥大化とそれに伴って新造されるスポーツ施設のコストに関する議論があちらこちらから聞こえるが、こと発展途上国に関しては、これまでなかったようなスポーツ施設ができることは、スポーツに触れることのできなかった人々がスポーツに触れる機会が増えるという意味でプラスにとらえることだと私は思う。ともかく、アジア大会だけがきっかけではないのだろうが、インドネシアのスポーツ熱の高まりは、至る所で感じられた。

大会を支えたボランティアスタッフのほとんどは、学生だった。彼ら彼女らの多くは、自分がたずさわる競技を自身も行なっており、アジア最高峰の選手たちと大会を作り上げていくことに喜びを感じているようだった。競技会場のひとつ、ラワマングンでは、隣接するスポーツ施設で大学生がアーチェリーの練習をしていた。ここでは、様々な競技が行なわれているという。

アーチェリーの練習風景

しかし、そのような外来の「グローバル・スポーツ」が広まるにつれて、姿を消していくのがその国固有の伝統競技である。そういう特定の国、地域でしか行なわれていない競技も実施されるのもまたアジア大会の特色なのであるが、ここインドネシアの伝統競技もこの大会で実施された。

ジャカルタから60キロ。リゾート都市ボゴールの横丁を歩いていると、子どもたちの掛け声が聞こえてきた。寺院のようにも見える建物の門から中をのぞくと、空手着のようなユニフォームを着たちびっ子たちが、ミットに蹴りを入れている。蹴っているのは頭にヒジャブ(イスラム教徒の女性が被るスカーフ)をまとった女の子だ。空手のように見えるが、ユニフォームの色は黒。かたちも中国拳法のような感じだ。尋ねてみると、「シラット」という答えが返ってきた。インドネシア独自の格闘技らしい。

シラットの様子

ジャカルタのスポーツ用品店でも聞いてみた。シラットの道具は店にはなく、取り寄せになると言いながらも、親切な店員さんは、ちょっと待て、と言って上の階からこの競技をしている若者を連れてきてくれた。どうもこのビルの上の階は各種スポーツを教えるジムや道場になっているようだ。しかし、せっかく連れてきてはもらったものの、こちらはインドネシア語はあいさつ程度しかできない。ただ、この競技の正式名称が「プンチャック・シラット」であること、市内には道場があることだけは分かった。

調べてみると、この競技はインドネシアだけでなく、東南アジア全体で行なわれているようだ。その歴史は6世紀にさかのぼる。それだけではない、日本とのかかわりもじつは強い。東南アジア全域で行なわれ、多くの流派、ルールに分かれていたこの競技に統一性を持たせたのは、太平洋戦争中、この国を占領していた日本だったのだ。この国を植民地として支配していたオランダは、こんなものが普及すれば、反乱の種になると、これを禁止したが、このことが、かえってインドネシアの人々の「シラット愛」を目覚めさせ、新たな支配者としてやってきた日本は、これを兵士養成のため「プンチャック・シラット」として体系化したのだ。日本の敗戦後、オランダが再度支配者として戻ってくるが、シラットで鍛え上げたインドネシア人たちは、その支配者を追い出し、独立を手にする。まさにこの競技は、インドネシア人にとっての「ソウル・スポーツ」なのである。

今回のアジア大会でももちろんこの競技は採用されており、ヨーロッパにも愛好家は多いらしい。将来的にはオリンピック競技を目指すべく、国際プンチャック・シラット連盟なる競技団体も活動している。

日本にも、日本プンチャック・シラット協会があり、流派ごとに都内各道場で活動しているので、興味のある人は、訪ねてみてはいかがだろうか。

取材&文&撮影/阿佐智