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筋肉の進化を考える⑥ 北に住む民族は太りにくい? 太りやすい?【石井直方のVIVA筋肉! 第35回】




“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回は地球上における人類の広がりと筋肉の進化について考えます。

生息する環境が、筋線維組成にも影響を与える可能性がある

前回は哺乳類の筋線維組成について考察しました。
それぞれの動物が与えられた環境で生存していくために、その筋肉も必要な進化をしてきたと考えられるわけですが、では万物の霊長と言われるヒトはどうでしょうか。

直立二足歩行で移動する「猿人」はアフリカ大陸で誕生したとされています。そこから人類は世界5大陸に生息地を広げながら、それぞれの環境に適応すべく、他の動物と同じように必要に応じて変化していったと考えられます。
つまり同じヒトであっても、環境や生活のしかたによって違いがあって当然で、筋肉についても何がベストかという正解はないと言えるでしょう。

第18回でも解説したように、筋肉には運動するだけでなく熱を出すという働きもあります。その役割を担うタンパク質としてサルコリピン、UCP3の2種類がこれまでに発見されています。こうしたタンパク質がうまく働かないと、エネルギーが過剰になって冷え性を経て肥満になったり、糖尿病になったりすることもわかっています。

これらのタンパク質にも個人差や地域差がある可能性はあります。たとえば北のほうに住んでいる民族は寒さを乗り越えるために熱を出すタンパク質がよく働き、南のほうはあまり働かない、といったことが起こっても不思議ではありません。もしそうだとすると、北に住む民族ほど基礎代謝が高く、太りにくくなるということも言えるかもしれません。

筋肉の観点から見ると、北に住む民族は太りにくいと考えることもできる。ⓒErica Guilane-Nachez‐stock.adobe.com

ただ、筋肉ではなく脂肪の側から話をすると、また状況が変わってきます。
まず、脂肪は熱を通しにくい性質があるので、皮下脂肪が厚いほど体温が失われにくくなります。「皮下脂肪のコート」を着ていると寒くないというのはわかりやすいですね。
したがって「寒冷適応」の一つとして皮下脂肪の増加が起こります。

寒冷ストレスは交感神経を活性化し、アドレナリンの分泌を促します。その結果、体毛が逆立ったり、褐色脂肪や筋での熱産生が高まったり、体表面の循環が抑制されたりしますが、同時にアドレナリンは脂肪分解も促してしまいます。したがって、皮下脂肪を増やすためには、より多くのエネルギーを摂取する必要があります。寒い季節のほうが基礎代謝が上がりダイエットしやすいと言われるのはこのためです。

一方、脂肪を分解してエネルギーにするために働くホルモンにも人種差があり、脂肪にあるアドレナリン受容体の働きが悪いタイプは、脂肪が分解されにくく太りやすいという傾向があるとされています。
日本人にはそのタイプが30%ほど存在すると言われ、これはアメリカンインディアンと同様の割合です。このような働きの悪いアドレナリン受容体の遺伝子は「節約遺伝子」と呼ばれます。脂肪が分解されにくいことは決して悪いことではなく、貯めた脂肪をなるべく使わないようにすることで、エネルギーを蓄えやすくしているとも言えます。
もともと食料が豊富でない地域においては、変異したアドレナリン受容体遺伝子が生き延びるために有利な遺伝子として残っていったと考えられます。

ということは、脂肪の観点から言うと、食料に恵まれていないところや、寒いところに住んでいる民族のほうが、太りやすい遺伝子を持っている可能性が高くなります。
これは前述した筋肉の場合とは逆になるので、生理学的には一概に寒い地域のほうが太りにくい、あるいは太りやすいと結論づけることはできません。

筋肉に熱を出させるUCP3は、速筋線維に多く含まれていると考えられています(サルコリピンは現時点ではよくわかっていません)。もう少し厳密に言うと、少し遅筋線維寄りの速筋線維――いわゆる「ピンク筋」(これについては別の回で詳しく解説します)に最も多く存在します。
第33回で書いたように遅筋線維はスタミナが売りなので、エネルギー的にエコノミカルでなければいけません。無駄に熱を出してしまうような筋線維だとエネルギーを浪費してしまうので、熱を産生しにくい(熱効率のよい)システムになっているわけです。

ということで、その民族が長年生息してきた環境は、熱の生み出しやすさだけでなく、筋線維組成にも影響を与えている可能性があります。
前回、「ヒトの速筋線維と遅筋線維の割合は平均すると50:50」と書きましたが、この平均値も人種や地域によって変わってきて当然と言えるでしょう。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP

 

【バックナンバー】
筋肉の進化を考える① 「動く」システムの原点とは?【石井直方のVIVA筋肉! 第30回】

筋肉の進化を考える② 「平滑筋」と「骨格筋」、それぞれの役割【石井直方のVIVA筋肉! 第31回】

筋肉の進化を考える③「心筋」だけが発揮できる高度なパフォーマンス【石井直方のVIVA筋肉! 第32回】

筋肉の進化を考える④ 速筋線維と遅筋線維の出現【石井直方のVIVA筋肉! 第33回】

筋肉の進化を考える⑤ ヒトは「遅筋線維型」の生き物?【石井直方のVIVA筋肉! 第34回】