時にスポーツ選手は、戦前の予測を完全に覆すことがある。それを奇跡と呼ぶのは簡単だが、それが偶然の産物とは限らない。1人の人間の言葉が原動力となり、何かが覚醒し、偉業が成し遂げられることがある。今回紹介する言葉は、競技という枠を超えた、人生そのものへの問いかけでもある。
Comment voulez-vous qu’on se souvienne de vous? –Raphaël Ibañez
(Ecrits sur le tableau du vestiaire de Millennium Stadium, Cardiff, Pays de Galles, 06/10/2007)
2007年に自国で開催された第6回ラグビーW杯の準々決勝にて、フランス代表は危機的状況に陥っていた。フランスは、過去に優勝こそないものの、決勝戦に2度進むなど、常にW杯優勝候補に名を連ねる強豪国である。だが、開幕戦でアルゼンチンに出鼻を挫かれ、プール戦の最終順位は2位。結果、準々決勝で、優勝候補筆頭のNZオールブラックスと対戦することになった。しかも、会場は共催国ウェールズの首都、カーディフのミレニアム・スタジアム(※現プリンシパリティ・スタジアム)。自国開催の大会でありながら、早々に他国で姿を消す、そんな最悪のシナリオが現実味を帯びていた。
2007年10月6日、準々決勝当日、フランス代表キャプテンのラファエル・イバニェスは、ドレッシングルームのホワイトボードに、こう記した。
――君たちは、どんな姿を人々の記憶に残したいのか?――
結果、この言葉に発奮したフランス代表「レ・ブルー」は、接戦の末20対18でNZを下し、祖国に帰還した。
その3年後、この言葉が、もう1つのレ・ブルーに投げかけられた。2010年W杯南アフリカ大会に出場した、サッカーのフランス代表である。
この時のフランス代表は、大会前から低評価を受けていた。加えて、選手たちは、監督のレイモン・ドメネクに対し、不信感を抱いていた。日に日に深まる両者間の亀裂は、ニコラ・アネルカがドメネクに対し暴言を吐き、チームから追放され、決定的となる。この時の発言が報道されると、誰が情報をリークしたのかという不毛な犯人捜しが展開され、更には選手たちによる練習のボイコットという、異常事態が発生する。
この事態に、当時のスポーツ大臣、ロズリーヌ・バシュロが介入する。選手一人一人の目を見つめ、「あなた方は、もうヒーローではないだろう」、「あなた方の地元、友人、サポーターたちの夢を砕いた」、「あなた方が穢したのは、フランスのイメージだ」などと厳しく批判。そして、3年前にラグビーのフランス代表たちが噛み締めたあの言葉を、サッカーのフランス代表選手たちに投げかけた。
――あなた方は、どんな姿を人々の記憶に残したいのか?――
これは、選手一同と面会したバシュロが、5分にも満たない異例の記者会見で語った内容である。個人的な話になるが、あれほどの迫力と説得力に満ちた政治家の発言は、聞いたことがない。何人かの選手は、涙を流してバシュロの言葉を聞いていたという。結局、レ・ブルーは続く南アフリカ戦にも敗れ、失意の中、帰国の途に就いた。
1998年、自国開催のサッカーW杯を戦ったフランス代表は、メディアから常に酷評され、極右勢力からはメンバー構成の非純血性を批判された。だが、そうした逆境を乗り越え、大会を制覇し、多民族国家の象徴となった。鬱積するエネルギーをどこに向け、どんな姿を人々の記憶に残したのか、1998年組と2010年組の差は、あまりにも大きい。
今回紹介したこの言葉、厳密には「君たち(あなた方)は、人々が君たちをどんな風に記憶することを望むのか?」という訳の方が正確であり、「人からどう見られたいのか?」という、受動的なニュアンスが含まれる。大半の人間は、他人からの評価に敏感だ。ならば、他人からの評価を、自分のエネルギーに変えてしまおう。美しいボディライン、筋肉質な身体、輝かしい成績、そうした名誉を人々の記憶に焼き付ける。その実現に向け、こう自分に問いかけよう。「お前は、どんな姿を人々の記憶に残したいのか?」と。
文/木村卓二