人間らしく生きるヒントは筋トレにある【石井直方のVIVA筋肉! 第3回】




“筋肉博士”として知られる石井直方先生が、経験と最新情報に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさについて発信する連載。第3回は便利になった現代の生活の中で、筋肉を維持するための方法について考えます。

生きるために必要な筋肉を維持するには

前回、人間がSFの火星人のような体型になるとしたら、それは「動かない」ことが当たり前の社会になることを意味する、と書きました。
そんな世の中になったとしたら、その時代の人間は何を楽しみにして生きているのか予想がつきません。「なんのために生きるのか?」という哲学的な議論にも発展していきそうです。

しかし、実際にはこの100年間ほど、人間は快適さを追求するあまり、その方向に向かって進んできました。「筋肉を使わない生活こそ素晴らしい」と言わんばかりに、便利な機械をたくさんつくってきました。AIやロボットによって、今後もその傾向には拍車がかかるでしょう。
歩く代わりに自動車やバイクに乗る。階段をのぼる代わりにエレベーターやエスカレーターを使う。これは、まさに「筋肉の代わりとなるモノ」をつくってきたと言えます。
世の中には体の不自由な人もいますし、超高齢化が進む社会を考えてみても便利さの追求が間違っているとは言えません。しかし、十分に元気な人、あるいは成長過程の子どもにとっては、この便利さはむしろマイナスになるという見方をしなければいけません。
筋肉を使わない生活が続くと、体の機能がどんどん低下してしまうからです。

とはいえ、便利になりすぎた日本を離れて、孤島やジャングルで生活をするわけにもいきません。今の生活を続けながら体の機能を維持していこうと思ったら、それなりの工夫や努力が必要です。
「昔に戻ろう」というレトロな発想を求めているのではありません。体が退化してしまわないように、筋肉を守っていくためにはどうすればいいのか――そういう発想を持ち、積極的に活動していくことが大切なのです。

最近は筋トレやランニングの愛好者が急増しています。私が研究をはじめた頃はマニアの世界と言われていた「筋肉」にもかなり関心が持たれるようになってきました。これもオートメーション化が進む時代からの警告を、人間が敏感に察知した結果なのかもしれません。
エレベーターをつくりながら、一方で部屋の中でも走れるトレッドミルのようなマシンをつくるというのは一見すると矛盾しているようにも思いますが、これも環境の変化に対する人間の抵抗、あるいは適応と言うこともできます。
そのようにトレーニングやスポーツを楽しみながら、筋肉をはじめとする体の機能を維持し高めていこうとする姿勢こそ、現代を生きる人間として賢い行為であるという考え方が、これからますます必要になってくると思います。
人間らしく生きるには筋トレをするしかない。そんな時代がやって来ているのだと思います。

オートメーション化で現代人が余分なエネルギーを使わなくなったことには、メリットもあります。たとえば、何kmも歩いて職場に行くのではなく、自動車や電車で移動すれば、その分のエネルギーを仕事に向けることができます。それが人間を幸せにする素晴らしい発明や発想を生むこともあるでしょう。
ですから、今あるものを捨ててしまうとか、「明日からエレベーターは使用禁止だ」とか、そういう考え方はいらないと思います。むしろ、ひたすら階段をのぼったり、ひたすら走ったりするというのは、必ずしも体の機能を維持する上でベストなやり方とは言えません。

昔であれば1時間ほど体を動かさなければ効果を得られなかったトレーニングでも、ノウハウや情報が蓄積されてきたことによって、10~20分で同様の効果が出るようになっているものもあります。
これは人間の知恵の産物ですから、利用しない手はありません。10~20分で効率よくトレーニングできるのであれば、残りの40~50分は自分の好きな活動に使うことができます。

トレーニングのノウハウは、アスリートが体を強くするために進化してきたものですが、それは一般の人が効率的に体の機能を維持することと別世界の話ではありません。
モータースポーツで培われた技術が自家用車に使われてきたように、先鋭化されたテクニックは他のものにも応用が可能です。ボディビルダーやアスリートなみの体を目指す必要はありませんが、彼らが培ってきたトップレベルのトレーニング方法は一般の人にとっても最も効率的なやり方であると考えるべきですし、存分に活用すべきだと思います。

イラスト/此林ミサ 撮影/長谷川拓司

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP

【バックナンバー】
筋肉と脳は地球上に同時に現われた【石井直方のVIVA筋肉 第1回】
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