筋肉の進化を考える④ 速筋線維と遅筋線維の出現【石井直方のVIVA筋肉! 第33回】




“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回は筋肉の進化を考える上で外せない、骨格筋の中の速筋線維・遅筋線維について解説します。

「なまけ者の筋肉」と「働き者の筋肉」

第31~32回では、骨格筋・平滑筋・心筋という筋肉の種類を軸に、生き物の行動と筋肉の進化について考えてきました。
哺乳類の筋肉では、意識的に使うことのできる筋肉(随意筋)は、体を動かす骨格筋です。今回は骨格筋の中でのさらなる機能分化について考えてみましょう。

骨格筋の中には、いくつかのタイプがあります。筋収縮に関わるタンパク質の種類に基づいて分類すると4つのタイプに分類されますが、大きく分ければ「速筋線維」と「遅筋線維」。まずはこの2種類を覚えておきましょう。

速筋線維は文字通り、収縮速度が速いスプリンター型の筋線維。全体的に白っぽい色をしているので白筋とも呼ばれます。一方、遅筋線維は収縮速度が遅いけれどもスタミナのあるマラソンランナー型の筋線維で、赤っぽい色をしているので赤筋とも呼ばれます。

走ったり、ジャンプをしたりする時は瞬発的な大きな力が求められるので、この時は速筋線維が強く働きます。一方、じっと立っていたり、姿勢を長時間維持したりする場合などはスピードよりも持久力が求められるので、遅筋線維が主に働きます(重力に対抗する「抗重力筋」も基本的に遅筋線維です)。
このように状況によってまったく違う能力が必要となるため、筋線維も役割を分担することで効率とパフォーマンスを両立させているのだと思います。

生き物の進化をさかのぼってみましょう。
魚類の段階で、すでに速筋線維・遅筋線維に相当するような違いがはっきりと出現します。両生類や爬虫類も同様ですが、魚類のほうがより速筋線維と遅筋線維の違いが際立っています。
魚類に至るまでの過程は定かではありませんが、おそらく骨格を持った脊椎動物としての進化が進む中で、骨格筋は2つの方向性を持って進化してきたと考えられます。

生き物が骨格を持った時から、筋肉の新たな進化がはじまったと考えられる ©barbulat‐stock.adobe.com

魚の中には、ブリのように部分によって赤身と白身がはっきり分かれているものもありますが、赤身魚・白身魚と呼ばれるように、全身の色で明確に特徴づけられているものもあります。その色の違いは、そのまま主となる筋線維の違いを表現しています。

赤身魚が赤いのは、血液のせいではありません。遅筋線維の割合が多く、その中にたくさん含まれているミオグロビンやチトクロームといったタンパク質の色が赤いからです。当然ながら、長距離を泳ぐ魚は赤みが多くなります。

一方、速筋線維はミオグロビンやチトクロームをほとんど含まないので、全体として白っぽい色になります。近海にいてあまり遠くに泳がない定性の魚、あるいは海底に沈んでいる時間の長い魚などは、速筋線維が多いので、ほぼ白身魚です。

動かないのに速筋線維が多いのはおかしいと思うかもしれませんが、速筋線維は「なまけ者の筋肉」とも言ってもよく、身の危険を感じて逃げる時などのように「ここぞ」という時にしか使われません。逆に遅筋線維は「働き者の筋肉」で、絶えず使われ続けることがデフォルトと言えます。

遅筋線維が多いため、マグロの体はほぼ赤身が占める ©Pavel_A‐stock.adobe.com
速筋線維が多いヒラメは、典型的な白身魚 ©feathercollector‐stock.adobe.com

典型的な赤身魚であるマグロは、生まれてから死ぬまで泳ぎ続けると言われるほど持久力があるので、体の大部分を遅筋線維が占めています。ただ、遅筋線維と言っても筋肉のサイズが圧倒的に大きく、また泳ぐために特化した体型になったことで、速いスピードで泳ぐことも可能となっています。

一方、典型的な白身魚であるヒラメは、筋肉そのもののスピードは速いのですが、普段は海底の砂に潜ってじっとしているので、速筋線維の能力をあまり発揮する機会はありません。しかし、敵が襲ってきた時に瞬間的に移動する能力には長けています。

このように、速筋線維と遅筋線維はそれぞれの生き物が生存競争を勝ち抜くための戦略に応じて分化してきたと言えるでしょう。

次回は哺乳類の速筋線維・遅筋線維について考えてみたいと思います。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP

 

【バックナンバー】

筋肉の進化を考える① 「動く」システムの原点とは?【石井直方のVIVA筋肉! 第30回】

筋肉の進化を考える② 「平滑筋」と「骨格筋」、それぞれの役割【石井直方のVIVA筋肉! 第31回】

筋肉の進化を考える③「心筋」だけが発揮できる高度なパフォーマンス【石井直方のVIVA筋肉! 第32回】