世界チャンピオンでもオリンピックに出られないレスリング【佐久間編集長コラム「週刊VITUP!」第82回】

VITUP!読者の皆様、こんにちは。日曜日のひととき、いかがお過ごしでしょうか? 『ラグビーワールドカップ(RWC)2019』日本大会が、開幕早々大きな盛り上がりを見せています。日本代表の開幕戦やニュージーランド代表“オールブラックス”と南アフリカ代表“スプリングボクス”の優勝候補対決を見て、RWCが気になってきた方はぜひ前回前々回のコラムを読んでみてください。

さて、RWC日本大会が盛り上がる一方で、来年の東京2020オリンピック・パラリンピックに向けての代表争いも加熱しています。レスリングもオリンピックへの出場権がかかった世界選手権が開催されました。女子57㎏級ではリオデジャネイロオリンピックの金メダリスト・川井梨紗子選手が優勝。五輪出場枠を獲得するとともに、自身の出場を内定させました。この結果、オリンピック4連覇女王の伊調馨選手の東京2020オリンピックへの道は、事実上閉ざされたことになります。

男子グレコローマンスタイル63㎏級では、リオデジャネイロオリンピックの銀メダリスト“忍者レスラー”こと太田忍選手が初優勝。東京2020オリンピックへの出場を決めた……と言いたいところですが、この階級は非オリンピック階級であり、太田選手のオリンピック出場は決まっておりません。太田選手の本来の階級は、オリンピック階級である60㎏級ですが、なぜこの階級に出場しなかったのか? その理由は国内予選で敗れたからです。

このグレコローマン60㎏級の世界選手権を制したのは、日本代表の文田健一郎選手。太田選手は60㎏級の国内代表選考会で文田選手に敗れたため、1階級上の63㎏級で世界選手権に出場していたのです。2017年大会以来、2度目の世界一に輝いた文田選手は、この階級での東京2020オリンピック出場を内定させました。太田選手と文田選手はともに今年の世界チャンピオンでありながら、東京2020オリンピックに出場できるのは、文田選手のみ。国内のニュースでは、女子の川井選手と伊調選手のオリンピック女王対決ばかりが注目されていましたが、男子グレコローマン60㎏級でも2人の世界チャンピオンが国内でしのぎを削っていたのです。

67㎏級でオリンピックを狙う63㎏級世界王者の太田忍選手

伊調選手の東京2020オリンピックへの道が閉ざされたと前述しましたが、太田選手は「目標は東京オリンピックでの金メダル」と主張し続けています。60㎏級での出場の道は断たれましたが、その道が完全に閉ざされたわけではありません。オリンピック階級である67㎏級では日本代表選手が出場枠を獲得できなかったため、まだチャンスがあるのです。太田選手は63㎏級よりもさらに上の67㎏級に階級を変更しての東京オリンピック出場、そして金メダルを狙うというのです。

本来の階級よりもリミットが7㎏も上がるため、対戦相手とは体格差があることが予想されます。それでも目標の「東京オリンピックで金メダル」への可能性がある限り、勝負を挑み続けるということ。そのチャレンジ精神には頭が下がります。

ただし、階級アップは必ずしも太田選手にとって不利なことばかりではありません。現在のレギュレーションでは当日の朝に計量をして、その後すぐに試合が始まります。そのため減量幅が大きい選手はリカバリーに苦しみます。本来よりも2階級上での戦いに挑むことになる太田選手は、減量がほとんどにないため、コンディション面ではいい状態で臨めるはず。オリンピック銀メダル、63㎏級の世界チャンピオンという実力に加え、目標に向けたモチベーションも大きく、何かやってくれそうな期待感を抱かせてくれます。

もともと太田選手と文田選手は日体大の先輩後輩の間柄で良きライバル。東京2020オリンピックで、この2人が同時に金メダル獲得となったら、こんな痛快なドラマはありません。目標達成に向けて茨の道へ挑む、“忍者レスラー”太田選手に注目です。

 

 

佐久間一彦(さくま・かずひこ)
1975年8月27日、神奈川県出身。学生時代はレスリング選手として活躍し、全日本大学選手権準優勝などの実績を残す。青山学院大学卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。2007年~2010年まで「週刊プロレス」の編集長を務める。2010年にライトハウスに入社。スポーツジャーナリストとして数多くのプロスポーツ選手、オリンピアンの取材を手がける。