筋肉の進化を追う――動作を司る「骨格筋」は速さ・強さ・再現性を求めた




内蔵や血管を覆う「平滑筋」の特長は作動域と作動時間

今回は動作に関わる「骨格筋」、内臓を覆う「平滑筋」、心臓を動かす「心筋」という3種類の筋肉うち、骨格筋と平滑筋の特徴を紹介しながら、その進化について考えてみたいと思います。

骨格筋は、まず素早く大きな力を出すことが求められます。さらに、もう一つ重要なのは再現性の高さ。動くたびに違う縮み方をすると不都合なので、つねに同じような収縮ができるように設計されています。

(C)Jacob Lund_AdobeStock

骨格筋はその長軸と垂直方向に細かい縞模様があるため「横紋筋」とも呼ばれます(正確には、骨格筋と心筋を合わせて横紋筋と言います)。横紋は収縮を担う2種のフィラメント(太いフィラメントと細いフィラメント)が筋線維(筋細胞)の中で精密機械のように互いに規則的に配列しているために、全体として規則的な縞模様に見えるものです。このような構造をとることで、再現性のよい、同期した収縮が可能になります。

横紋構造には弱点もあります。それは作動域(力を発揮できる長さの範囲)が狭くなってしまうこと。規則的な構造をとることで、ある限られた範囲では再現性の高い同期した収縮が可能ですが、筋線維が極端に短くなったり長くなったりした状態では力が出なくなってしまうのです。

そもそも筋には、長さとともに発揮できる力が変わるという特徴(「長さ-張力関係」と言います)があり、最大の力を出せる長さも決まっています。その長さを「至適長」と言いますが、至適長より短くなっても長くなっても、発揮できる力は弱くなります。

この長さ-張力関係は筋収縮に係わるタンパク質の配列構造によって決まるのですが、横紋構造を持つ骨格筋の長さ-張力関係は「裾野が狭い」、つまり骨格筋はあまり広い長さの範囲では力を発揮できないのです。

それに対し、内臓や血管の壁を構成している平滑筋には横紋構造がありません。収縮をする基本的なメカニズムは骨格筋と同様なので太いフィラメントと細いフィラメントはありますが、これらはあまり規則的に配列していません。

つまり、骨格筋のように構造的な制約が強くないので、作動域がずっと広くなります。かなり長いところまで引っ張られても、逆に極端に短くなった状態でも力を発揮することができます。

このように作動域が広いという特徴は、内臓や血管のように管状や袋状になっていて、その動きが骨格で制約されない器官を動かすという点では好都合です。たとえば、たくさん食べて胃袋が大きくふくらんでも、平滑筋はしっかり機能するので胃が活動できなくなることはありません。ただ、収縮を担う構造がファジーであるがゆえに、骨格筋のように全体が同期して素早く力を発揮したり、再現性の高い収縮をしたりすることは苦手。それが平滑筋の弱点です。

動脈の壁が平滑筋の層でできているのは、血圧や血流を変えるために筋肉の力で動脈を収縮させる必要があるからです。長時間にわたって力を維持することも重要なので、哺乳類の平滑筋には別の回で解説した「キャッチ収縮」(貝の平滑筋が発揮するもの=一度強く収縮すると力を発揮しなくても収縮状態が維持される)と似た仕組みがあります。完全なキャッチ収縮ではなく「ラッチ収縮」と呼ばれるものですが、ほとんどエネルギーを使わずに力を維持できる点はキャッチ収縮と同様で、これによって長時間の血圧コントロールが可能となっています。

また、キャッチ収縮の場合と同様に、アセチルコリンやアドレナリン(キャッチの場合はセロトニン)といったホルモンや神経伝達物質によって張力維持の状態がコントロールされています。

骨格筋の場合、力が長時間維持されてしまうという性質は不都合です。力を自在に緩めることができないと次の運動に移る際に効率が悪いので、むしろなるべく素早く弛緩できたほうがいいわけです。