「俺のレスラー人生もここまでか」獣神サンダー・ライガーを襲った脳腫瘍、驚異のリング復帰




プロレス解説者の柴田惣一さんが取材した「プロレスのアレコレ」を紹介する連載「柴田惣一のよもやま話」。今回は「病気を克服したプロレスラー」後編です。脳腫瘍を乗り越えた獣神サンダー・ライガーを取り上げます。

【写真】リングで躍動する獣神サンダー・ライガー

テレビアニメ「獣神ライガー」が1989年3月からスタート。同時に漫画雑誌での連載も始まった。永井豪による主人公・大牙剣がバイオアーマー・獣神ライガーと合体して大活躍する壮大なバトルアニメだった。

プロレス界にもアニメ同様、マスクは元より全身をコスチュームで覆った謎のマスクマン・獣神ライガーが出現。89年4月24日、新日本プロレスの東京ドーム大会に登場した。

デビュー戦の相手は小林邦昭。ライガー同様にアニメから現実に飛び出してきたタイガーマスクのライバルであり「虎ハンター」と呼ばれていた。

一大ブームを巻き起こしたタイガーマスクの再来を期待されていたが、見事に答えて見せる。空中弾はもちろん、しっかりとしたグランド技、打撃を繰り出し、ライガースープレックスで仕留めた。「黄金の虎伝説」に負けずとも劣らない「獣神伝説」の幕開けだった。

アニメの世界とシンクロし「獣神ライガー」「ファイアー・ライガー」「獣神サンダー・ライガー」とバージョンアップ。空想と現実がより一体化し、ちびっ子ファンを中心に人気は爆発した。

現在、AEWで活躍中の白川未奈もライガーの大ファンとして知られる。プロレスデビューする前「本当に大好きなのです。あこがれの存在です」と瞳をキラキラさせてライガー愛を明かしていた。

IWGPジュニアヘビー級王座にも君臨し、獣神伝説は不滅。不動の地位を固めていた96年、思わぬ発言がライガーの口から飛び出した。

G1クライマックスに盛り上がる8月6日の東京・両国国技館大会。「脳腫瘍の手術をします」。思いもつかない発言に、耳をそばだてていたファンも唖然茫然。一瞬にして静まり返ってしまった。

脳腫瘍といえば、頭蓋骨内にできる腫瘍の総称。現在では早く治療すれば、後遺症も少なく日常生活に戻れる人も多いが、96年当時のイメージは命に関わる不治の大病そのもの。たとえ命は助かっても、半身不随など大きな後遺症が残ってしまいかねない。プロレスラー続行など、夢物語だった。

ライガー自身も最初の診断には衝撃を受けたようだ。違和感に病院を訪れ、検査を受けたところ脳腫瘍の診断が下った。しかも「すぐにでも手術が必要」と厳しい限り。

「俺のレスラー人生もここまでか」。命を失うこともだが、プロレスをあきらめるのがつらかった。

素顔で84年にデビュー後、がんばってきた。ヤングライオンがひしめく新日本の若手軍団の中でも頭角を現わし、ライガーに抜擢された。ケガにも強かった。誰にも負けないガッツもあった。

それなのに……。ライガーは藁にもすがる思いでセカンドオピニオンを求め、別の病院を訪ねた。MRI検査の結果「確かに影がある」とキッパリ。トドメを刺された気分だったと振り返る。

落ち込んでいると「ガンマナイフという治療法がある」と医師。放射線治療装置・ガンマナイフを用いた治療なら、開頭手術は不要。固定した頭部に放射線の一種・ガンマ線を病巣部集中に照射する。細いビーム状のガンマ線とあって、周囲の正常な組織への悪影響を押さえられる。病巣部のみをナイフで切り取ったように、除去できるとあって、後遺症の心配も少ない。

それこそ説明する医師には後光が差していた。生き返った気分で医師を見つめた。「即手術」と思いきや「立て込んでいて、すぐには無理」とつれない通告。これには再び落ち込んでしまった。

そのまま、リングに立ち「脳腫瘍の手術」という挨拶になったのだった。

はたして……9月23日の神奈川・横浜アリーナ大会でワイルド・ペガサスと「復帰戦」に臨んだ。1か月半あまりでのカムバックに周囲はホッとしたのだが、正直あまりに早い復帰に「あの挨拶は何だったんだ?」との声が渦巻いた。

ライガーも「復帰したのに、周囲の空気が冷たかった」とポツリ。今では笑って話せるが、当時は深刻な事態だったのは間違いない。

新日本だけでなく日本いや世界プロレス界のジュニアを盛り上げたレジェンド、ライガーのほろ苦い思い出だ。(敬称略)