ミュージカル俳優・大音智海は鍛えた体をどう使い、どこで力を出し、どこで抜くのか 90分の一人舞台を成立させる上で大切にしていること




ミュージカル俳優・大音智海(36)に「舞台のための体」づくりについて、さまざまな視点から話を聞いてきたインタビュー。最終回の今回は、舞台にかける思いを語ってもらった。

【フォト】「舞台のための体」を見せる大音

回復には「あえて意味のない時間」

アンサンブルから主演、一人舞台へとうつっていき、精神的な疲労が増えたことで、回復方法も変わった。最近は意識的に「何の意味もない時間」をつくるようにしている。短い動画を見たり、スマホのパズルゲームをしたりと、何かを学ぶわけでも、仕事のためになるわけでもない時間を、ただのんびりと過ごす。

「人生に何の実りもないことができた、っていうのがけっこうストレス解消になるんです」

フランキー役の稽古中は、自主練習をしないため『モンスターハンター』をしていた。今回は目的こそ多少違うが、あえて生産性のない時間をつくることで頭を休ませている。
一人で90分間を通して、全力で演じ続けるのかというと、そうではない。

「波をつくっています」

『BLACK BOX』で演じる人物は科学者。発明に没頭するシーンもあれば、自宅でゆっくり過ごすシーンもある。そのシーンでは、大音自身も意識的に力を抜く。

「本当に家でだらけているようなスイッチの切り方をしています」

自身が脱力することで、役が自宅で過ごしているような自然さも生まれる。同時に、そのシーンが大音自身の休息にもなる。舞台上で休むこと自体を芝居として成立させる。長時間一人で舞台に立つためにつくる波を、そのまま役の表現としても利用する。

支えはフランキー役やり切った経験

フランキー役を経験したことは『BLACK BOX』にも生きている。演技そのものだけではなく、主演としてどのようにカンパニーにいるか、どんな言葉を使えば稽古場の雰囲気がよくなるか、どうすれば周囲の人間が気持ちよく力を出せるか。『ジャージー・ボーイズ』で主役を演じたことが、それらについて深く考える機会を与えてくれた。
単純な成功体験としても大きかった。

「あの『ジャージー・ボーイズ』の全曲を歌い切ったという自信はかなりあります。あれをやり切ったんだというのはメンタル的に支えになってますね」

では、90分の一人舞台を成立させる上で一番大切なことは何だろうか。

「セリフを間違えないことです」

共演者がいない、正確には相手役は録音された音声だけ。つまり大音がセリフを間違えても、録音された相手は助けてくれず、そのまま進んでいく。通常の舞台なら、共演者とのやりとりの中で多少トラブルを修正することも可能だが、今回は違う。

「録音は、僕がミスしたからといって合わせてくれないですから」

90分間の台詞を一人で背負う。冗談交じりに「東大を受けるのかというぐらい」と表現するほど、身体的にも精神的にも負荷は大きい。それでも、ずっと100%の力を90分間出し続けるわけではない。必要なところで力を使い、必要なところでは抜く。相手がいないなら、自分の身体で相手の存在をつくる。

アンサンブルから主演へ、そして一人舞台へ。立場が変わるたびに、体の使い方も舞台についての視点も変わる。鍛えた体をどう使うか、どこで力を出し、どこで抜くか。その判断までを含めた全てが、舞台に立つための技術なのである。

(了)

【大音智海次回出演作】
ミュージカル『BLACK BOX』 10/28〜11/1 @浅草九劇
作: Paul Hodge、訳・演出: 渋谷真紀子
詳細は⇒https://asakusa-kokono.com/sp/kyugeki/2026/07/id-15210

【Profile】
大音智海(おおと・ともみ)
早稲田大学文学部演劇映像コース卒業。代表作に『キンキーブーツ』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『ALTAR BOYZ』など。2025年、『ジャージー・ボーイズ』New Generation Teamで主演のフランキー・ヴァリ役を務め注目を集めた。また同作ブロードウェイ公演のオリジナルキャストとしてトニー賞最優秀主演男優賞を受賞したジョン・ロイド・ヤングのライブ(ニューヨークと東京で開催)にゲスト出演し好評を博した。
Instagram: https://instagram.com/tomomi_oto

文/鷲見由希子 写真/本人提供