プロレス解説者の柴田惣一さんが取材した「プロレスのアレコレ」を紹介する「柴田惣一のよもやま話」。今回はデスマッチ戦士のスペシャルな生き方。まずは「デスマッチのカリスマ」葛西純の傷口の治し方です。
「デスマッチのカリスマ」葛西純は今では親子レスラーとしても知られている。息子の陽向がDDTでデビューし、親子タッグも実現している。リングを離れれば親の顔を垣間見せる葛西だが、リング上では全く妥協はない。デスマッチに生きる者として、ガラスボードなど凶器に突っ込んでいく。流血などまるでいとわない。その体に生傷が絶えることはない。
「爆破マッチの鬼」大仁田厚は縫った針数を勲章としているが、葛西は基本、固定するだけである。しかもシャワーが消毒、血を洗い流して応急処置を施し、サポーターやテーピングで固定して終わり。医学的に考えたら問題ばかりだろう。たまに医院に行けば、医者はよそよそしいばかり。あきれられており、もはや治療をあきらめられているのだ。
それでもさすがの「医者いらず」葛西も「骨が見えている」「脂肪がベロリ」の時は、医師の手を煩わせることになる。とはいえ珍しいことはあまりしないほうがいいかも知れない。葛西はとんでもない目に合っている。
米CZW遠征時のこと。葛西が出身地とするヒラデルヒア(フィラデルフィア)大会で、背中がざっくりと裂けてしまった。いつもの固定法ではどうにもならない。明朝には日本への帰国便に乗らなくてはいけない。
病院に行けば、入院は避けられない。日本でのスケジュールが待っているのに、どうしたものか。困り顔の葛西に、会場にいたおばさんが「私に任せて」と声をかけてきた。いささか怪しかったのだが、藁にもすがりたいピンチとあって、天使に見えてしまった。体をゆだねることにした。
「OK、大丈夫」とおばさんは手際よく手を動かしている。ただし、背中とあって、葛西には見えない。ときおり、ため息が聞こえてきたが、元より痛みには強いとあって「終わったわよ」との声にホッとしたのも確かだった。150針を縫う大手術後、15時間のフライトに搭乗。背中を座席につけるたびに走る痛みに耐えながら、とりあえず帰国ははたした。
そのまま北海道・札幌大会に参戦し、北海道での営業活動に勤しんだ。
帰国後、しばらくして抜糸のため病院を訪れた。背中を見せたとたん、医師は「ありえない」と絶句。無茶苦茶な縫い方であり「とても医師の処置とは思えない」と非情の通告を聞くこととなった。大事にはならなかったものの、一歩間違えば大変な事態になったかもしれない。葛西は自身の悪運の強さに感謝しながら「あのおばさん…」と少しばかりの怒りを忘れられないでいる。
「自分に師匠はいない」という葛西だが、どうやらひと時の橋本真也の付き人時代に体験したアレコレが微妙に影響しているようだ。
良い思い出も嫌な思い出もあるが、橋本は「24時間、プロレスラー」だった。良い車に乗り、良い服を着、良い飯を食う。目いっぱい見栄を張る橋本はとにかく格好良かった。デスマッチに活路を見出し、デスマッチこそ生きる道となった葛西だが、とにかく生き様をさらけ出す。人の目にどう映ろうが、自分のために闘い抜いているうちに、弾けた。
クレイジーモンキーというキャラクターが生まれ、何を言っても何をやっても、多少の無理はしても、認めてもらえる。自分がやりたいようにやってこそ、自分も納得できる。
独特の治療法も葛西純ならでは。ファイト同様、人にはまねできない。「家に帰るまでがデスマッチ」。けだし名言を生み出した「デスマッチのカリスマ」の生き様は、輝いており素敵だ。(敬称略)


