「車のハザードも焚けないくらい痛い」肩の大ケガを乗り越え、五輪を目指す27歳女子アスリート




“世界一過酷なレース”とも呼ばれる障害物走「スパルタンレース」でアジア上位の成績を残し、現在は近代五種でオリンピック出場を目指している陣在ほのかさん。

複数競技に取り組む“マルチアスリート”として、InstagramやYouTubeで自身の活動を発信。Instagramでは約22万人のフォロワー(2026年6月時点)を獲得するなど、人気を博している。

【写真】競技以外のプライベートショットも 陣在ほのかさんフォト集

企業に所属せず、フリーの競技者として生計を立てている彼女にとって、大会出場やSNSでの発信は、支持者やスポンサーを獲得するための仕事でもある。そんな中で2026年、彼女を大きな試練が襲う。肩の故障だった。

「一番痛かった時は、車のハザードも焚けないくらいでした。脇を広げる動きが本当にできなくて。寝返りも打てないくらいの痛みでした」

最初は違和感程度だったが、練習を続けるうちに痛みが増してきた。練習を休み、少し回復したと思って復帰すると、再び腕が上がらなくなる。肩関節専門の病院、スポーツ整形、MRI、レントゲンに至るまで、考えられる検査は一通り受けたものの、原因はなかなかわからなかった。

「胸郭出口症候群じゃないかとか、腱板損傷じゃないかとか、いろんなことを言われました。でも、決定的な原因が分からなくて。私、結構痛みに強いほうなんですけど、『これはさすがにおかしい』って思うくらい痛かったんですよね」

最終的に判明したのは、肩関節内部の損傷(関節芯損傷)だった。通常のMRIでは確認できず、造影剤を使った特殊な検査によってようやく原因がわかった。損傷箇所は血流が少なく、自然回復は難しいと告げられた。

選択肢はふたつ。痛みを抱えながら競技を続けるか。それとも、一度立ち止まって手術を受けるか――。

「先生からも、『スポーツを続けるなら、どこかで手術しないと厳しい』って言われました。日常生活だけなら、そこまで強度を上げなければ何とかなる。でも、競技レベルでやるなら別とのことで……。正直、『もう競技をやめてもいいかな』って気持ちはありました。肩の手術って怖いですし、本当に戻れるのかなって」

肩の手術に踏み切った陣在さん

かつては陸上競技の選手として第一線で戦ってきた。陸上から退いたのは、大学時代に負ったケガの影響だ。苦い記憶がフラッシュバックする中、「手術して、ちゃんと万全な状態に戻そうって思いました」と競技をあきらめる選択肢は最後まで選ばなかった。

タイムリミットまでに、競技者として何かを成し遂げたい

陣在さんは現在、1日の中でまったく異質な5種目(射撃、ラン、水泳、オブスタクルスポーツ、フェンシング)を行なう近代五種に挑んでいる。

オブスタクルレース(障害物レース)が馬術に代わって導入されたのは、2024年のパリ五輪の後からだ。スパルタンレースで実績を積んできた彼女にとって、これは大きな転機だった。

「種目が変わると聞いた時に、『今までやってきたことがつながるかもしれない』と思いました。オリンピックって、やっぱりスポーツをしている人間からするとあこがれの舞台です。目指せるチャンスがあるなら挑戦したい。そう強く思いました」

高校時代は陸上競技でインターハイにも出場した。しかし、中距離種目で世界を狙うことの難しさも痛感していた。

「女子800メートルって、日本記録が世界陸上の標準記録くらいなんです。私は陸上では、オリンピックを目指せる位置には全然いませんでした」

スパルタンレースの経験が近代五種に活きている

だからこそ、近代五種との出会いは大きかった。もちろん種目は障害物レースだけではないため、現在は週3〜4回の水泳、週4〜6回のランニングに加え、フェンシングの練習も並行して行なう。苦戦しつつも、挑戦を楽しみながら日々を過ごしている。

肩の手術から約1年。現在の回復度は70〜80%くらいだという。現状に陣在さんは「固定を外した時は、本当に胸の前くらいまでしか動かなかったんです。でも、今はだいぶ戻ってきました。手術してよかったと思っています」と笑顔を見せる。

今年7月には近代五種での復帰戦も控えており、その後は9月の全日本選手権に挑む。2028年のロサンゼルス五輪に向けて、勝負はまさにこれからだ。

「女性アスリートって、男性よりも年齢的なタイムリミットが早いと思うんです。私も今年で27歳なので、チャンスが何度もあるわけではありません。次のロス五輪がラストチャンスだと思っています。だからこそ、それまでに何かを成し遂げたいです」

志を達成するその日まで、陣在さんの熱が尽きることはない。夢の大舞台に向けて、挑戦の日々は続いていく。(#3に続く)