プロレス解説者の柴田惣一さんが取材したプロレスのアレコレを紹介する連載「柴田惣一のよもやま話」。今回は「プロレスラーの意外な元気の源」後編です。「維新コンビ」長州力、マサ斎藤や「大巨人」石川修司を支えているのは、何と「初恋の味」カルピスでした。
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「カルピスは初恋の味」。このフレーズに胸キュンする者は多いのではないか。甘酸っぱさを初恋になぞらえた名コピーである。
カルピスも今では「完熟白桃」「メロン」「まるしぼりオレンジ」「パイン」「巨峰」など、さまざまなフルーツ味をはじめ、たくさんのバリエーションを楽しめる。ペットボトルでそのまま飲めるが、かつては瓶入りの原液を薄めてよくかきまぜ、氷を加えて飲み干すのが定番だった。
何倍に薄めるのか? 計量すればよいのだが、自分量でつくることが多く「これでは薄い」「ちょっと濃すぎる」など、なかなか難しかった。それでも何とか上手くいった時の達成感は忘れられない。
時にはご褒美であり「がんばったら、カルピスがあるよ」との言葉に勉強に運動に励む子ども時代を過ごした人たちもいるはず。「初恋ってキスって、こういう味なのかな」と妄想を膨らましたこともあるだろう。
たくましいレスラーには似合わなそうだが、じつは意外なほど「カルピス愛好者」はいる。
「獄門鬼」マサ斎藤も武骨な顔をくしゃくしゃにして、カルピスを愛していた。「美味しいよな。なんだよ、俺が飲んだらおかしいのか」と、ちょっと照れたようにリクエストしていた。
豪快にビールを飲み干す姿からは想像もつかないが、お店や周囲の人の驚き困惑する表情を見ては、ニヤニヤしていた。
「眠い、眠い、あ~眠い」と言いながら一気飲み。コーヒーと違って眠気覚ましにはならないのではと思ったが、カルピスで目を覚ましていたようだ。
アントニオ猪木との「巌流島の決闘」の際にも、島に渡る前にカルピスを飲み干し、島に用意されたテントの中にもカルピスが用意されていたという都市伝説もまことしやかに伝わっている。
米マットで活躍していたころ、警察官襲撃事件に巻き込まれた斎藤は、アルコール禁止の矯正キャンプ入りしたことがある。キャンプから出所する際に現地取材したが、まずは「ビールとカルピスが飲みたい」だった。
斎藤を兄貴分と慕い、プロレス人生の分岐点でアドバイスを受けていた「革命戦士」長州力も、斎藤の影響かカルピス党の一員だ。
「ナニがアレだ。カルピスを原液のまま飲んでいたよ。ちょっと濃く感じたが美味しかった。あれは薄めるのか?」と高笑いを決め込んだが、どうやらカルピスウオーターとカルピス原液を混同していたようだ。
日本プロレス界に革命の嵐を吹き荒らした斎藤と長州の維新コンビの絆のひとつがカルピスだったことは間違いない。
そして「大巨人」石川修司もカルピス派だ。195センチの巨体には500mlのカルピスウオーターのペットボトルも、まるでおちょこのようだが、美味しそうに飲み干す姿は、見ている方も頬がゆるんでくる。
「小さいころから大好き。それで大きくなったのかって? そうかも知れません」と豪快に笑う。
パーティーでは普段は出さない「カルピスサワー」を、石川のために会場側が用意してくれてうれしそうに乾杯していた。
ある年の石川の誕生日プレゼントに、カルピスばかりが贈られた。さまざまな味のカルピスを大量にもらって大喜びだった。ところが「カルピス在庫がすごいことに……。飲み過ぎて体が受け付けなくなってしまった」とポツリ。しばらくは控えていたが、時間が立てばやはりカルピスを手放せなくなった。
現在では「スターバックス コーヒー」派としても知られる。折々に登場する新製品を味わっているが「カルピスは変わらないのが良い」と強調することも忘れない石川である。
この3人を見ても、カルピスは体を強くする健康飲料であることがわかる。
カルピスは日本初の乳酸菌飲料として1919年に発売された。100年をこえても製法はほとんど変わらないそうだ。
新たな飲料も次々と現われてくるが「初恋の味」は不滅。よいものは時代を越える。さまざまなバリエーションをエンジョイしながらも100年越えの味も変わらないでほしいところ。
隠れカルピス党よ、手を声をあげよう。(敬称略)




