体を鍛え、喉を守り、疲労を回復する。ミュージカル俳優・大音智海(36)が舞台に立ち続けるために行っている体の管理についてここまで聞いた。では、体の使い方は舞台上の役割に応じて変わるのか。大音は『ジャージー・ボーイズ』に9年間アンサンブルとして出演し、2025年には2公演限定で主役のフランキー・ヴァリを演じた。次に控えるのは、90分間たったひとりで舞台に立つミュージカル『BLACK BOX』。アンサンブル、主演、一人舞台。立ち位置が変わることで、体だけでなく舞台への意識そのものも変わってきている。
喉の負荷別格だったフランキー役
『ジャージー・ボーイズ』のフランキー・ヴァリ役は、高音を多用する役だ。大音自身、これまで経験した役の中でも「喉への負荷は別格だった」と振り返る。
「カンパニーのみんなとも話していたんですけど、ブロードウェイにある役の中でもかなり喉が過酷な役の一つなんじゃないかと思います」
曲数も多く、歌唱量が多いだけではない。芝居の中では激しい感情をあらわにし、声を荒げるシーンもある。
「高音をずっと歌った上で、怒鳴る芝居もある。あそこは結構難しいポイントだと思いました」
そのため、フランキーを演じる期間は、練習したい気持ちをぐっとこらえて声を休ませることを選択した。主演だからこそ、何かを足すだけでなく、あえて使わないことも必要だった。求められたのは、喉を守ることだけではなかった。実際に主役の立場に立つと、舞台を見る視点そのものにも変化があった。
主演になったら緊張しなくなった
アンサンブルからフランキー役という主演にまで到達し、現在は次作の稽古中。一人ミュージカルに出演する。再び作品を背負う大役を演じるわけだが、なぜかアンサンブルのほうが緊張するのだという。もちろん、どちらも同じ熱量で取り組んでいる。ただ、頭の中で考えていることが変わった。アンサンブルとして出演している時は、どうすれば自分という一つの要素をより面白くできるかを考えていた。「次のシーン、うまくできるかな」と、自分の出来を意識していた。ところが主演になると、その視点が変わった。
「自分をよく見せようというより、『この作品をどうしたら面白くできるだろう』っていう意識になるんです」
その変化を「視点がミクロからマクロになった」と表現する。
「自分がゴールを決めなくてもいい」
サッカーに例えれば、アンサンブルとして舞台に立っていた頃は、自分がゴールを決めたいという気持ちが強かった。だが、主演になってみると考え方が変わった。
「僕の役割は、ゴールを決めることではない。ただそこにいて、周りのシュートを心から喜ぶこと。自分が一番面白くなくてもいいんです。アンサンブルの時は、主役になったら俺が一番シュートを決められると思っていたんです。でも、実際になったら違いました」
主演になることで責任は大きくなったが、自分自身を良く見せたいという意識が薄くなった。自分以外の誰かの芝居が良ければ、それによって作品全体が良くなるしそれは自分にとっても嬉しいこと。その結果、むしろ緊張が減ったという。
アンサンブル時代にできた主演像
長くアンサンブルとして舞台に立ってきた経験は、主演になってからも生きている。
「僕の主役としての生き方は、アンサンブルの時に主役の方々にやってもらって嬉しかったことが全部詰まっています」
アンサンブル時代から、いつか主演をやりたいという気持ちは持っていた。だからこそ共演する主演俳優たちをよく見ていた。この人のこういうところは真似したい、あの人のこういう接し方を自分もやりたい。そうやって時間をかけて、自分なりの「理想の主演像」をつくってきたのだという。
特に印象に残っているのは、立場に関係なく、共演者を対等なパフォーマーとして扱う主演俳優たちだ。舞台では主演、主要キャスト、アンサンブルなど役割が分かれ、それぞれ待遇や舞台上で担うものも異なる。しかし、それらの関係と人間関係は別だと考えている。
「僕が尊敬する方々は、すごく上のポジションにいても、同じパフォーマーとしてリスペクトをくれたんです。それがすごく嬉しかった」
主演の立場になると、一言一言の重みが変わる。だからこそ、自分のことばをできるだけ前向きな方向に使いたいという。アンサンブル時代の経験は、体の使い方や舞台上の技術だけでなく、主演としての立ち居振る舞いにもつながっている。
一人で舞台に立ち続ける90分間
『BLACK BOX』では、舞台上に立つ俳優は大音一人。他の登場人物の声は録音で流れ、大音はその録音された声を相手に芝居をする。しかも90分間、基本的に舞台から下がることはない。「やったこともないし、見たこともない」という形式に挑戦する。
一般的な芝居であれば、相手役が話している時、観客の視線は相手にも向く。自分はそのセリフを受けてリアクションをする。しかし今回は、その相手が舞台上にいない。大音の視線や表情、身体の向きでそこに人がいることまで表現し、観客に相手の存在を感じてもらわなければならない。
「相手が喋っている時も、自分が細かくリアクションを取らないとその人が舞台上に存在しなくなってしまうんです」
相手の表情や動きまでを、自分の身体で観客に想像させる。「単純に労力2倍」の完全一人舞台だ。
「体力というよりMPが削られる」
『BLACK BOX』の稽古を終えた後に感じる疲労は、これまでとは少し違う。
「体力というより、MPを削られた感じです」
MPとは、ゲームなどで魔法や特殊な行動を使う時に消費する数値のことで、つまりは体力とは別に、頭や精神が消耗するような感覚になるという。録音された相手の声を聞きながら、その人物がどこにいて、どんな表情をしているかを想像する。シーンによっては、相手役だけでなく、その人物が抱いている赤ちゃんや、近くを走っている子どもまでを表現しなくてはならないという。
「たまに、今どこにいるんだっけ、赤ちゃん泣いてるんだっけ、みたいになります(笑)」
通常の舞台以上に多くの情報を頭の中で処理し続けるため、体とは別の疲労が残る。
(第4回に続く)
【大音智海次回出演作】
ミュージカル『BLACK BOX』 10/28〜11/1 @浅草九劇
作: Paul Hodge、訳・演出: 渋谷真紀子
詳細は⇒https://asakusa-kokono.com/sp/kyugeki/2026/07/id-15210
【Profile】
大音智海(おおと・ともみ)
早稲田大学文学部演劇映像コース卒業。代表作に『キンキーブーツ』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『ALTAR BOYZ』など。2025年、『ジャージー・ボーイズ』New Generation Teamで主演のフランキー・ヴァリ役を務め注目を集めた。また同作ブロードウェイ公演のオリジナルキャストとしてトニー賞最優秀主演男優賞を受賞したジョン・ロイド・ヤングのライブ(ニューヨークと東京で開催)にゲスト出演し好評を博した。
Instagram: https://instagram.com/tomomi_oto
文/鷲見由希子 写真/本人提供


