熱の産生、臓器間コミュニケーション、体液循環サポート、水分の貯蔵…意外と知らない筋肉の役割




人工的に筋肉をつくるのは至難の業

筋肉は現在の人間の科学力では決してつくれない、きわめて不思議な器官と言えます。

遺伝子操作の進歩やiPS細胞の研究などで、未分化な細胞から筋肉をつくることが技術的には可能となりつつあります。しかし、筋肉がヒトの体の中で担っているいくつもの役割をすべて網羅するとなると簡単ではないでしょう。ましてや、おおもとの材料となっているタンパク質や脂質を使って人工的に筋肉を構築することは至難の業です。

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具体的に言うと、筋肉には次のような役割があります。

【1】エンジンやブレーキとしての働き
運動を起こしたり、止めたりする「運動器」としての働き。体の中で筋肉が動いていることは誰でも体感できるので、これは理解しやすいでしょう。姿勢の維持なども、この働きの一つと言えます。

【2】熱を生み出す働き
ふるえることによって体温を生産する働き(ふるえ熱産生)は古くからわかっていましたが、じつは運動をしなくても筋肉は熱を生み出しています(非ふるえ熱産生)。とくに「サルコリピン」というタンパク質によって、筋肉は安静時でも安定的に熱源として働いています。ヒトの体温は36~37度くらいですが、それを維持するための熱産生のうち約6割を筋肉が占めていると考えられています。

【3】内分泌腺としての働き
2000年以降の研究で、筋肉がいろいろな物質を分泌していることがわかってきました(総称して「マイオカイン」と呼ぶ)。これらが臓器間のコミュニケーションにも関連していることが注目されています。具体的な物質については回をあらためて説明します。

【4】体液の循環を促すポンプとしての働き
心臓の拍動のように、収縮・弛緩によってポンプのように循環を促す役割です。筋肉が収縮することで体液循環をサポートする働きは、乳を搾る動きに似ているということで「ミルキングアクション」と呼ばれます。エコノミークラス症候群の予防のために下半身の運動が推奨されるのは、この効果を狙っています。

【5】水分を蓄える働き
筋線維(細胞)の約70%は水分で占められています。筋肉は若い男性では体重の約40%を占める体内最大の器官ですので、それが蓄える水分も多量になります。暑熱環境などでは、筋肉に蓄えられた水分が全身に供給されて熱中症を防ぐと考えられています。

まだ解明されていないだけで、他の役割もあるかもしれません。日常生活では【1】の役割が注目されがちですが、じつは命に関わる器官としても筋肉は重要な役割を担っていると言えるでしょう。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。