筋肉が1㎏増えるだけで、脂肪が年2~2.5㎏減る可能性も さらに有酸素運動もプラスすると効果倍増




1970年代にアメリカで大ブームとなった有酸素運動

前回も書いたように、10年ほど前から「筋トレがダイエットに効果的」という考えが少しずつ世の中に浸透してきています。しかし、今でも“古い常識”を信じている人も少なくないでしょう。

そこで今回から数回にわたり、近代ダイエットの歴史も織り交ぜつつ、なぜ「筋肉」「筋トレ」なのかをあらためて解説していきたいと思います。

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ダイエットが社会に根づくきっかけとなったのは、1970年代にアメリカで起こったエアロビックの大ブームでしょう。

その背景には、アメリカ全体で運動不足による肥満が蔓延し、心筋梗塞による死亡者が増加したことがあります。そんな状況の中、ハーバード大学のラルフ・パフェンバーガーが、「1週間あたり3000キロカロリー程度を有酸素運動で消費する生活をしているグループと、ほとんど運動をしないグループを比べると、前者は心筋梗塞になる数が半分ほどである」という歴史的な研究結果を発表しました。

さらに同じ頃、ケネス・クーパーの『エアロビクス』が世界的なベストセラーになり、一気にエアロビが流行りだしたのです。

しかし、肥満に端を発したブームだったということもあり、「有酸素運動こそが脂肪を減らし、体をスリムにし、心筋梗塞も防ぐ最良の方法である」と安直に受け入れられてしまった面があります。

たしかに有酸素運動は脂肪を燃焼させますし、心臓や呼吸器の機能を高める大きな効果もあります。ただ、よく考えると1週間あたり3000キロカロリーということは、1日あたり400キロカロリー弱。これはかなり大変です。

たとえば体重 60 kg の人が1時間のジョギングをしてやっと消費されるくらいに相当するでしょう。ウォーキングの場合だと、1時間で 5 km 歩いても消費されるエネルギーはその半分程度。これは茶わん1杯のゴハンを食べただけで、すぐに逆転されてしまいます。

つまり、脂肪を減らすほどの有酸素運動を日常的に行なうのは現実的に難しく、期待するほど大きな変化は起こすためには、やはりカロリー制限との併用が必要になってきます。

さらに、「ジョギングの神様」と呼ばれたジム・フィックス氏がジョギング中に急死したことなども重なって、ブームは少しずつ下火になっていきました。

 

基礎代謝は筋肉による影響が大きい

人が日常生活で消費するエネルギーは、かなり動く人でも1日トータルで2500キロカロリー程度。そのうち体を動かすことで消費する割合は40%ほど(あまり活動しない人は30%ほど)です。

活動せずに消費される60~70%のエネルギーは何かと言うと、これはいわゆる「基礎代謝」というカテゴリー。基礎代謝が大きく落ちるとエネルギー収支がプラスに傾き、その貯金分が脂肪になってしまうので、ダイエットにも多大な影響を及ぼします。しかも、ごく普通の生活をしているかぎり、エネルギー消費の度合いは「基礎代謝>体を使った活動」なのです。

その基礎代謝は、高齢になるほど落ちていきます。極端に落ちるわけではありませんが、1日50キロカロリーほどの落ち方でも、365日なら約18000キロカロリー。その積み重ねは馬鹿にできるものではありません。

こうした考え方が研究者や一部のトレーナーなどの間で認識されはじめたのが1980年代でした。

では、基礎代謝は何で決まるかというと、じつは筋肉による影響が大きいのです。

筋肉が何もせずじっとしている時、筋肉組織1㎏あたりの1日の代謝量は、およそ20キロカロリー。仮に筋肉が2㎏減ったとすると、1日のエネルギー消費が40キロカロリー減り、それが1年続けば約15000キロカロリー。そのぶんが脂肪に化けると約2㎏に相当します。つまり、筋肉が2㎏減ると、1年後には脂肪が2㎏増える可能性があるわけです。

逆にトレーニングなどで積極的に筋肉量を増やした場合には、基礎代謝量はどのくらい変わるのでしょうか。

これについてもたくさんの研究があり、信頼性の高いもの、低いものも含めて様々ですが、現在のところ「筋肉が1㎏増えると1日あたり50キロカロリー増える」という考え方が研究分野での基準になっています。上の 20 キロカロリーと値が異なるのは、運動による交感神経の活性化などの効果が上乗せされるからだと考えられます。

筋肉1㎏程度なら、しっかり筋トレをすれば誰でも増やせます。仮に食生活をまったく変えなくても、それだけで1日50キロカロリー、1年間で18000キロカロリーのエネルギー消費が増え、脂肪が2~2.5㎏減る計算になります。

ということで、ダイエットをするなら、脂肪を減らすとともに筋肉を増やすべき。有酸素運動だけだと脂肪が落ちるのと同時に筋肉も落ちかねませんが、筋トレをしながら有酸素運動を行なうと効果は倍増。そうした認識がトレーニング現場に浸透しはじめたのは1990年代後半くらいのことでした。

 

※本記事は2018年に公開されたコラムを再編集したものです。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。