細胞としての筋線維の特徴【石井直方のVIVA筋肉! 第38回】




“筋肉博士”石井直方先が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回は、細胞としての筋線維の特性についてのお話です。

大きな生物ほど、筋線維にも「長さ」と「太さ」が求められる

今回は、細胞としての筋線維の特徴について考えてみたいと思います。

まず人間の体のサイズを考えると、その原動力となる筋肉は非常に巨大な組織です。そのため、当然のように筋線維のサイズも他の組織より大きなものになります。

たとえばヒジを曲げる上腕二頭筋の長さは十数㎝。これが収縮する際、根もとだけが縮んで先端が緩んでいるような状態だったら、力が伝達されず運動にはなりません。
ですから筋肉の全長にわたって同期し、端から端まで一気に力を伝えるような収縮をすることが求められます。その際、細胞がいくつにも分かれていると、それらの電気的活動と力を伝えていく上で時間のロスが生じてしまうので、1個の長い細胞が筋の全長にわたっているほうが好都合と考えられます。
そして10~15㎝という長さの筋線維全体に素早く電気信号を伝えるには、それなりの太さも必要です(電気信号の伝導速度は細胞の太さに依存します)。

つまり、体のサイズが大きな生物ほど、筋線維にもそれなりの「長さ」と「太さ」が求められるのです。

長さが10㎝以上の筋線維があるとすると、太さは少なくとも50μm(マイクロメートル)くらいは必要でしょう。これは他の細胞と比較すると圧倒的にビッグサイズ。典型的な細胞の大きさは、球体で考えると直径20μmくらいだからです。

筋線維は、その巨大な体をコントロールするために、細胞の中にたくさんの核を持つ「多核体」という構造をとっています。
マウスやラットの場合、核の数は長い筋線維で700個くらい。人間のデータは明らかになっていませんが、さらに多いはずです。たとえば大腿四頭筋であれば、筋線維1本に千個以上の核が含まれていると予想されます。
核は細胞が必要とするタンパク質の合成・分解を調節するセンターと言えます。巨大な筋線維は、多数の核の「共同作業」によって維持されていると言えます。

一方、そのような構造の代償として、抱え込んでしまった問題もあります。

まず情報を伝える物質や、タンパク質などの栄養素の輸送の効率が悪くなってしまうこと。
そもそも普通の細胞が直径20μm程度のサイズを維持しているのは、そうした輸送をスムーズに行なうためと考えられます。1個の核が細胞の隅々まで面倒を見るのには限界があり、その範囲が直径20μm程度なのでしょう。

それをはるかに超えたサイズの細胞を維持していくには、それぞれの核が責任を持って自分の縄張りを管理しなければいけません。しかし、時には何かの拍子に縄張りから外れる部分が出現してしまうかもしれません。トレーニングなどで筋線維がさらに肥大した時にも、どの核からも面倒を見てもらえない無法地帯のような場所ができてしまう可能性が考えられます。

また、巨大な筋線維は、数百個もの細胞が1個にまとまっているようなもの。その一部が断裂して死んでしまうと、数百個の細胞が同時に死んだのと同じくらいの大きなダメージを負ってしまいかねません。これも重大な欠点でしょう。
細胞には、その機能が落ちてくると自殺をする「アポトーシス」というプログラムがインストールされています。筋線維の一部にアポトーシスが起こった際、それが全体に影響を及ぼしてしまうと非常にやっかいなことになります。

このような問題が起こる可能性がある以上、それに対処するシステムも必要になります。

たとえば、トレーニングなどで筋肉が太くなる時、核の数が増える仕組みのあることが最近の研究からわかってきています。それによって無法地帯の出現を防いでいるのでしょう。

また、筋線維の一部が切れたり、アポトーシスを起こしたりした場合には、部分的な修復を施すことで全体の死滅を回避しています。
実際、筋線維の中では局所的なアポトーシス(「プログラム核死」とも呼びます)が常時起こっているとも考えられています。死んだ核はそのまま消滅してしまいますが、その箇所に新しい核が供給されることで、むしろ若返りを図るようです。

このように、筋線維は自身にふりかかるさまざまな問題に対応できるシステムを備え、激しい運動をする組織にふさわしい粘り強さとたくましさを持った組織であると言えます。

 

筋線維には、他の細胞にはない能力がある。ⓒ7activestudio-stock.adobe.com

非再生系の細胞でありながら、一部が死滅しても再生させられる能力

こうした能力も、他の細胞には見られません。たとえば同じ横紋構造を持つ心筋は単核細胞なので、1個の細胞が死んでしまうと、その部分を新しい細胞で補うような仕組みはありません。
エネルギー的には粘り強く、血液のポンプとして無限に近い回数の収縮を繰り返すタフな組織でありながら、心筋梗塞を起こすとたちまち致命的な事態になってしまうのはそのためです。
生きるために必須の器官であるにもかかわらず、残念ながら自力で再生することができない。これは心筋の唯一にして重大な欠点と言えます。

ちなみに、体をつくっている細胞や組織は、大きく2つのタイプに分けることができます。一つは「再生系」の組織をつくる細胞。皮膚や骨髄、血球などがそれに当たります。これらはつねに新しい細胞を生み出し、古いものとの入れ替えを行なっています。そして新しい細胞をつくる能力がなくなった時が、その組織の寿命ということになります(分裂寿命)。

もう一つは「非再生系」の組織をつくる細胞。筋肉や神経などが挙げられます。これは発生→分化という過程を経てある組織に定着したら、新しい細胞と入れ替わることなく死ぬまでその状態を維持します。体の成長にしたがって伸びたり太くなったりはしますが、細胞自体が入れ替わるわけではありません(ただし、細胞は同じでも分子レベルでは中身の入れ替えはつねに行なわれています)。そしてその細胞が担う機能が維持できなくなると、寿命を終えることになります(分化寿命)。

筋線維は典型的な非再生系の細胞でありながら、一部が死滅してしまっても再生させられる高い能力を備えた組織です(完璧に同じ組織をつくることはできないかもしれませんが)。
この能力を持つために、筋線維は「増殖」も可能であると考えられています。つまり、筋トレをすると筋線維が太くなるだけでなく、筋線維の数も増えていると理論的には推測されるのです。
ただ、今のところ筋線維が増えたことを実証する手法がないので、明確な回答は出されていません(これについては別の回で詳しく解説します)。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP

【バックナンバー】
筋肉の進化を考える① 「動く」システムの原点とは?】

筋肉の進化を考える② 「平滑筋」と「骨格筋」、それぞれの役割

筋肉の進化を考える③「心筋」だけが発揮できる高度なパフォーマンス

筋肉の進化を考える④ 速筋線維と遅筋線維の出現

筋肉の進化を考える⑤ ヒトは「遅筋線維型」の生き物?

筋肉の進化を考える⑥ 北に住む民族は太りにくい? 太りやすい?

筋肉の進化を考える⑦ パワー系・スプリント系の集団が存在する?

『究極のスピード』を実現した筋肉とは?